体育館の底の小部屋で伊藤澄夫ら仲間とヘッドマウントディスプレイをつけて遊んでいると、VR世界にちえみさんとユカさんの混合した懐かしい人格が顕われ、大はしゃぎでお腹痛いの治った?と下腹部を撫でるとVRのち+ユさんは笑いながらうっとりしている。体育館の外は夕方の日差しでふたり坂道を降りながらこれからどこに行こうかという矢先に伊藤澄夫の背中にあった1本ショルダーの布製バッグを僕が抱えてきてしまったことに気づきち+ユさんは小さいけど上質のバッグねといいながらバッグを撫でている。チャックの中からトランシーバー状のオレンジ色のいかついケータイを取り出し白黒液晶画面に登録された友人を繰ると安斉工務店などと書かれているがこれを呼び出しても何にもならないから体育館に連絡するのがいいんじゃないとち+ユさんが言う。
rhizome: 体育館
解剖ワークショップ
そういえば最近飛んでなかった、などと言いながら部屋の天井まで空中浮遊してゆかさんの気を引こうとするのだが、忙しくてかまってくれない。医学生でない一般人のための人体解剖ワークショップが始まろうとしている。体育館の入口から何体もの死体が台に載って入ってくる。いくつものグループが待ち受ける。このチャンスを不意にするわけにはいかないが、このまま逃げてしまいたい気持ちもある。自分のチームはすでにところどころ赤や青に変色した男の死体にとりかかっている。前かがみに死体の腕を押さえつけた女の胸元から大きな生々しい胸が覗いて、これはどこかの小説で読んだ対比だと思う。死体に鋏が入ると、死体は痛い痛いと言って拒みはじめる。死んでいないのか。担当の医大生が「戦争でちゃんと脳死を確認しないと、こういうことがたまにあります」と言う。
ポーンたちの現場
新井田さんが外国人に何かを訊ねられ、わからないので僕に「Where is pawn?」と訊く。いや、そこは日本語でいいんじゃないか。するとpawnと呼ばれている制服の男たちがやってくる。彼らはフジテレビの人だとばかり思っていた。名刺入れを覗くと、中には草の葉の屑など名刺の試作ばかりで、ともかく何かを手渡すとpawnは嬉しそうにしている。
体育館にPCやらディスプレイを並べ、イベントのさなかにコーディングしなくてはならない。PCと自分が離れているので長いマウスケーブルを使う。CRTディスプレイは舞台の近くにある。それぞれがあまりにばらばらで心もとないというと「サーバー上で開発する時代ですから」とpawnが生意気な口をきく。
体育館のバックヤードは、グニャグニャ波打つ木の床に青い仕切り壁でできている。倉庫やトイレの入り口に、大きな番号が振ってある。撮影隊が女子レポーターを撮っている。使いづらいがときどきこのグニャグニャは利用できるとカメラマンがいう。
ムラヴィンスキー全集
体のある部分に力を入れると浮遊が始まる。空中に留まりながら力の入れ方を工夫すると少しづつ高度を上げ、天井に触れるとそのまま張り付いていることができるようになった。(体育館の登り縄を最後まで登ったときの眺めも、こんなふうだった)
シャンデリアのあるホールの天井から見下ろすと、石造りの階段に木箱が置いてあり、人が群がっている。木箱には、対位法について書かれた冊子が何冊も無造作に詰まっている。本を手にとるとムラヴィンスキー全集の一部で、箱の底には和声法、指揮法などの巻もある。欲しい本を積み上げて階段に座って読み始めると、哲学と題された巻だけはただの箱で、小石や大きな黒い蟻や布切れなどがガラガラと入っている。ほかの巻をふたたび開くと、同じようながらくた箱に変わっている。箱を覗いている女に「これが本に見えますか」と尋ねるが、日本語も英語も通じない。
宿泊体育館
山田興生さんが吉祥寺にある廃れた体育館を改装して、宿泊施設を作った。五十センチほどの正方形の出入口がひとつあいているだけで、中はなにもない。中に入った人は無意識を共有し、みなが見ている夢の一部を自分も見るので、とくに何も用意しなくても大抵のことはなんとかなる。いいアイデアでしょう、と山田さんが言う。山田あっこさんが、体育館の裏手で粘土の餃子を作っている。入口の大きな靴ぬぎ石にサンダルを脱ぎ、これで三度目になるなと思いながら穴に入ろうとするが、奥行きは今までより長く感じられ、なかなか室内に抜け出せない。
悪い機械
散乱するマットに何度も飛び込むうちに、ふと落下寸前で飛行に転じる力の入れ方を習得した。ぐいぐいと高度を稼いで、体育館の天井までたどりつく。体育館の屋根裏に住み着いて仕事をするnishinoさんらしき男と机を並べ、僕は自作のラジオを聞いている。男が作ったアルミ製の節足動物型多関節ロボットを訪ねてきた小林龍生が目ざとくみつけ、なかば冗談でリンゴを与えると、多関節ロボットは頭部の触角で幾度か対象物を探索する動作をしたあと、いっきに体ごとリンゴ内部に侵入し、果実を液化して吸い尽くしてしまう。その邪悪な光景に興奮した小林は、ロボットの腹をぐいとつかみアルミ製の頭を壁に打ち付けると、火花が飛び散り燃え始めた。
さえずりカード
twitterのつぶやきがカード状の物体になっていて、出現したり消えたりするたびに感情がわきあがる仕組みになっている。どういう原理を使っているのか、なかなかわからない。見る方向によって感情が違うのがヒントだよね、とviscuitさんが言う。
天井の高い体育館でミサが始まる。中継ブースのあたりで、車椅子の男のケータイ着信音が鳴り止まないので、スタッフが車椅子を外に押し出そうとしている。
いさかいが苦手な僕と僕の友人の小さい生き物は、隣の部屋に隠しておいた小箱から濃縮ジュースに関する秘密文書を取り出し、ジュースの仕組みについて技術的な相談を始めた。小さい生き物は、感情をオブジェクトにしないから不愉快が生まれるんだ、と言う。
ガムラン小宇宙
体育館のイベント会場には、さまざまな展示用の楽器が準備されつつある。とりわけ珍しい楽器を特別に体験させてもらうことになり、不安定な羊毛の高椅子を股にはさんで高いテーブルの天板を覗きこむと、米粒ほどの金属で作られた発音体がガムランのように並び、レンズで覗き込みながら針で音を出す楽器であることを理解する。女性の演奏者から、まず楽器の表に今日の言葉を書き入れてから演奏するように指示される。それは意味があるのか聞こうと思ったが、おそらく聞くことに意味がない。
近森式便所
体育館のような展覧会場に、近森さんの作ったトイレがあるという。そういえば、ちょうど用を足したかったところだし、ちょうどいい。何人かの小学生が、話しながらトイレから出てきた。彼らは、これが作品だということを理解しただろうか。
男子用の便器が並び、その間仕切りにスピーカーが埋め込まれている。便器の中のアクリルの小箱をめがけておしっこをかけると、左右から痛快な低音に挟まれる。なるほどそういう作品ね、と、アクリルをめがけたおしっこの勢いが落ちて放物線がはずれた瞬間、目の前の壁がぐらぐらとゆらぎはじめ、驚きのあまりおしっこが止んでしまった。その壁が液晶ディスプレイで出来ていることにようやく気づくと、まんまと仮想風景にだまされて生理現象までコントロールされてしまったことが、悔しくてならない。