男は固体燃料と飛行石を入れたペニス大の試験管につかまり、これに乗ってコンビニまで行くと頑なに言う。正門を出てすぐなんだから歩いていけばいいじゃないか。しかし男はどうしてもこれにつかまっていっしょに行こうと言う。地上1mくらいを滑らかに飛行できるが、頭を上に保つのは難しく、試験管を握ってもつれ合っていると、私そういう趣味はありませんから安心してくださいと男が言う。
rhizome: 空中浮遊
解剖ワークショップ
そういえば最近飛んでなかった、などと言いながら部屋の天井まで空中浮遊してゆかさんの気を引こうとするのだが、忙しくてかまってくれない。医学生でない一般人のための人体解剖ワークショップが始まろうとしている。体育館の入口から何体もの死体が台に載って入ってくる。いくつものグループが待ち受ける。このチャンスを不意にするわけにはいかないが、このまま逃げてしまいたい気持ちもある。自分のチームはすでにところどころ赤や青に変色した男の死体にとりかかっている。前かがみに死体の腕を押さえつけた女の胸元から大きな生々しい胸が覗いて、これはどこかの小説で読んだ対比だと思う。死体に鋏が入ると、死体は痛い痛いと言って拒みはじめる。死んでいないのか。担当の医大生が「戦争でちゃんと脳死を確認しないと、こういうことがたまにあります」と言う。
ムラヴィンスキー全集
体のある部分に力を入れると浮遊が始まる。空中に留まりながら力の入れ方を工夫すると少しづつ高度を上げ、天井に触れるとそのまま張り付いていることができるようになった。(体育館の登り縄を最後まで登ったときの眺めも、こんなふうだった)
シャンデリアのあるホールの天井から見下ろすと、石造りの階段に木箱が置いてあり、人が群がっている。木箱には、対位法について書かれた冊子が何冊も無造作に詰まっている。本を手にとるとムラヴィンスキー全集の一部で、箱の底には和声法、指揮法などの巻もある。欲しい本を積み上げて階段に座って読み始めると、哲学と題された巻だけはただの箱で、小石や大きな黒い蟻や布切れなどがガラガラと入っている。ほかの巻をふたたび開くと、同じようながらくた箱に変わっている。箱を覗いている女に「これが本に見えますか」と尋ねるが、日本語も英語も通じない。
軽気球実験
一人乗り気球を使って、子供たちを遠足に連れて行く準備をしている。頭上にある直径1mほどの気球は、ぎりぎり地面から足が離れない浮力に調整されていて、軽く地面を蹴るだけで数メートルジャンプできる。海辺の宿から山の麓を経て山岳地帯まで、軽々と登ることができる。高い崖から飛び降りても、ふわりと着地する。
実験段階のこの乗り物を、いきなり子供たちに試すことになる。彼らは、気球を調整する手綱を手に結ぶことができるだろうか。綱を太ももにかける輪は、ステンレスワイヤをかしめて作ったほうが安全ではないか。崖に到着する前に日が暮れないように、時間を前倒しにしたほうがよくないか。
などなど、いくつも課題を書きだしている僕を見かねて、見学にきた母と妹は計画を練り直したほうがいいと言う。では車で宿まで送ってくれと妹に頼むと、その「軽気球」で帰ればいいじゃないかと言う。なるほどと思い、ふわふわ街の中を移動しはじめると、この乗り物にブレーキがないことに気づく。
火薬庫の清流
戦時中に火薬庫だったといわれる場所はいつも大きな赤門に閉ざされているが、通用門が開いているのを初めて見る驚きのあまり、つい中に入ってしまった。これだけ広い土地を遊ばせておけるのは、管理しているのが東大だからだろうか。地面は乾いているのに、目の高さからは浅い清流が流れているように見え、ときどき鮮やかな何かが魚のように素早く逃げていく。この場所にこっそりトラックを停め続けている業者に、これはいったい何なのかと訊ねるが、体を後屈しなければ大丈夫なのだ、と質問の答になっていない。これだけの空き地の存在を周囲から気づけないのが不思議で、門から外に出てぐるりと一周切り取るように道を歩きはじめると、火薬庫をとりまく家々は暗い飲食店ばかりで、どこもあまり客が入っていない。テーブルも椅子も置かない餡蜜屋に入り、店の奥に行こうとするが拒まれる。流しで手を洗うふりをして勝手口から裏に出ると、思った通りあの空き地に面していて、どの店も水のような幻覚のようなものを筒で吸い出している。ためしに体を思い切り後ろに反らすと、ふっと体が浮いて、このあたり一帯の地図が俯瞰できた。
悪い機械
散乱するマットに何度も飛び込むうちに、ふと落下寸前で飛行に転じる力の入れ方を習得した。ぐいぐいと高度を稼いで、体育館の天井までたどりつく。体育館の屋根裏に住み着いて仕事をするnishinoさんらしき男と机を並べ、僕は自作のラジオを聞いている。男が作ったアルミ製の節足動物型多関節ロボットを訪ねてきた小林龍生が目ざとくみつけ、なかば冗談でリンゴを与えると、多関節ロボットは頭部の触角で幾度か対象物を探索する動作をしたあと、いっきに体ごとリンゴ内部に侵入し、果実を液化して吸い尽くしてしまう。その邪悪な光景に興奮した小林は、ロボットの腹をぐいとつかみアルミ製の頭を壁に打ち付けると、火花が飛び散り燃え始めた。
火力船
不思議な動力で動く船を、図書館で手に入れた。甲板上に設置された生簀には海水がなみなみと蓄えられ、その水面に浮いた四角い木枠が、火のついた石油を囲い込んでいる。この火が、船を動かしているのだろう。
操舵に不慣れなうえ、ついぼうっと湖水を眺めてしまうので、船はあらぬ方角を目指してしまう。あわてて舵をとり、なんとか軌道修正するが、たくさんの釣り人の垂らす糸の中にあやうく突っ込みそうになる。大きく舵をきると、今度は砂浜に乗り上げてしまう。
横倒しになった船を見捨て、パルテノン多摩に続く傾斜を登っていく。重力の少ないこの地域では、軽いジャンプで数メートルの段差を登り降りできる。なんだ、船よりも格段に便利じゃないか。