新井田さんが外国人に何かを訊ねられ、わからないので僕に「Where is pawn?」と訊く。いや、そこは日本語でいいんじゃないか。するとpawnと呼ばれている制服の男たちがやってくる。彼らはフジテレビの人だとばかり思っていた。名刺入れを覗くと、中には草の葉の屑など名刺の試作ばかりで、ともかく何かを手渡すとpawnは嬉しそうにしている。
体育館にPCやらディスプレイを並べ、イベントのさなかにコーディングしなくてはならない。PCと自分が離れているので長いマウスケーブルを使う。CRTディスプレイは舞台の近くにある。それぞれがあまりにばらばらで心もとないというと「サーバー上で開発する時代ですから」とpawnが生意気な口をきく。
体育館のバックヤードは、グニャグニャ波打つ木の床に青い仕切り壁でできている。倉庫やトイレの入り口に、大きな番号が振ってある。撮影隊が女子レポーターを撮っている。使いづらいがときどきこのグニャグニャは利用できるとカメラマンがいう。
rhizome: プログラム
身体空間ペイントシステム
久しぶりに作っているペイントシステムは、画素が立方体で、身長より高い。画素の段差の谷間を歩くと、そこここで画素が自律的に反応し、形が生まれる。沢を登り、選択したツールを使って切り立った画素の崖を削り始める。1画素を加工するのに半日はかかるな、と思う。
初音孫
アスキーの福岡さんと、ガラスのプリズムを使った新しいプログラム言語について話している。ヒレ肉をY字に切って三等分する問題を、どう解決するのかなどなど。問題が行き詰ったところでふと、実は自分に孫ができたのだけれど、初音ミクのように物理的な実体のないただの歌なんだ、と話題を変えた。
溶岩で描く絵
ラブホテルで部屋を探している。ショーケースに並んだ張り紙には、一か月十万円などと書かれてあり、ホテルと不動産屋の兼業はなかなかうまい商売だと感心する。連れが誰なのか、よくわからない。その後ろめたさの反動で、相手はしだいにくっきりと「あだちゆみ」と確信される。選んだ部屋に入り、わずかに開いた窓の外には溶岩が流れている。迫る溶岩は、のしかかるように見えるのが通常の遠近法だが、この窓からは鳥瞰したマグマの模様がしだいに領域を増やしていくように見える。このように見えるのは、真上からのビューを得るシステムが溶岩のマテリアルに組み込まれているためで、これを使えば絵を描くプログラムが作れるのだ、ということをあだちゆみに説明するのだが、パソコンでないのにプログラム?というあたりから理解してもらえず、埋まらない溝にいらだちながらあだちゆみが「さようなら」と言うので、僕はなぜこの部屋でずっといっしょに暮らせないのか、とひどくと感傷的になり、こみ上げてくる涙がばれないように、いっそ早くこの場を去るよう促すのだった。
ThinkPadの川海老
ThinkPadの深いディレクトリに、ここで見せるべきプログラムが入っているにもかかわらず、その起動方法がまったく思い出せない。ディレクトリを一段降りていくたびに、記憶が朧げになる。なかばやけになって、キーボードの下にあるもうひとつの蓋をあけると、小箱のような水槽から川海老があふれてしまっている。いくつか手で掴んで戻すが、ほとんどは動きもせず死んでいるようだ。こんな作りじゃ、鞄の中で水がこぼれてしまうじゃないか、と、いい加減な設計者に対する怒りがこみ上げてくる。
第二東京タワー
ここのところ、外の景色などとんと見ていなかったとはいえ、ベランダに出てみるとほとんど目の前に迫る「第二東京タワー」が完成しつつあるのには驚いた。タワーのことは噂には聞いていたが、それにしてもこれは近すぎる。まるでゴジラがそこにいるような、恐怖を覚える。抗議に行かねばなるまい。
そして、抗議のためのツアーに参加したわけだが、参加者の誰ひとり自分たちの抗議が届くとは思いもよらず弁当を食べつづけているのに腹が立つ。粘土の服を着た男に、ともかく大事なのは都議会議員とアポなしで会うことだと焚き付けて、二人でガード下の議員事務所を訪れる。議員秘書らと会える会えないの揉み合いをしているうちに、途中からなぜか、プログラムのコンポーネントがインストールできるか外せるかという話にすり替えられている。彼らはとことんずるい。
粉の鍵
要塞のように入り組んだ地下の一室で、髪を丁寧にオールバックにした石井裕、その娘、僕の三人でテーブルを囲んでいる。
隣接した電算室には中国人の技術者が一人、別の部屋には何人かの乳児と保母。機密が漏れてはならないと、石井は声を潜めて新しい認証システムについて説明し始めた。
「この鍵は、粉でできている」彼はガラスの小瓶を示した。
「この粉の瓶を金庫に挿入し、しかも粉の組成を正確に言い当てないと、鍵は開かないのです。たとえば草、花、木、というように」
娘が弁当箱大の容器に入った白い顆粒に液体をかけると、一瞬青白い光を放ち、液の中で草や花や木の記号の形をした小さいゼリーが浮遊しはじめる。これがパスワードなのだ。
娘が「ねるねるねるね」と言いながら混合物をかき混ぜると、形は壊れて糊状の塊になった。
「この糊を乾燥させると、……粉になるわけです」
僕はこの卓越したアイデアに感動しながら、しかし心のどこかで「何かが冗長だ」と思っている。
黒板セルオートマトン
数学のテキストを抱えて、教師である僕が教室に入ると、生徒たちはすでに着席して黒板を凝視している。そこには人が書いたとは思えないような緻密かつ乱雑な模様が敷き詰められている。いくつかの部分はアニメのように動いていて、いま羽を広げた鳥のようなものが、右下の方から左上に向かって上昇してきて、なにかにぶつかって砕け散った。
これは、チョークの粉が纏まったり分離したりすることによって起こる、一種のセルオートマトンだ、と説明をしながら、今日の授業をこの黒板を消して始めるかどうか迷っている。