粉の鍵

要塞のように入り組んだ地下の一室で、髪を丁寧にオールバックにした石井裕、その娘、僕の三人でテーブルを囲んでいる。
隣接した電算室には中国人の技術者が一人、別の部屋には何人かの乳児と保母。機密が漏れてはならないと、石井は声を潜めて新しい認証システムについて説明し始めた。
「この鍵は、粉でできている」彼はガラスの小瓶を示した。
「この粉の瓶を金庫に挿入し、しかも粉の組成を正確に言い当てないと、鍵は開かないのです。たとえば草、花、木、というように」
娘が弁当箱大の容器に入った白い顆粒に液体をかけると、一瞬青白い光を放ち、液の中で草や花や木の記号の形をした小さいゼリーが浮遊しはじめる。これがパスワードなのだ。
娘が「ねるねるねるね」と言いながら混合物をかき混ぜると、形は壊れて糊状の塊になった。
「この糊を乾燥させると、……粉になるわけです」
僕はこの卓越したアイデアに感動しながら、しかし心のどこかで「何かが冗長だ」と思っている。

(1997年2月15日)