体育館の底の小部屋で伊藤澄夫ら仲間とヘッドマウントディスプレイをつけて遊んでいると、VR世界にちえみさんとユカさんの混合した懐かしい人格が顕われ、大はしゃぎでお腹痛いの治った?と下腹部を撫でるとVRのち+ユさんは笑いながらうっとりしている。体育館の外は夕方の日差しでふたり坂道を降りながらこれからどこに行こうかという矢先に伊藤澄夫の背中にあった1本ショルダーの布製バッグを僕が抱えてきてしまったことに気づきち+ユさんは小さいけど上質のバッグねといいながらバッグを撫でている。チャックの中からトランシーバー状のオレンジ色のいかついケータイを取り出し白黒液晶画面に登録された友人を繰ると安斉工務店などと書かれているがこれを呼び出しても何にもならないから体育館に連絡するのがいいんじゃないとち+ユさんが言う。
rhizome: 安斎
遺失物袋
土でできたスタジアムのカルデラ外縁を歩きながら、すり鉢の中で遊んでいる子供たちが投げ上げたボールを拾う。投げ返すつもりが、外側の壁と道路の隙間に落としてしまう。狭い隙間に降りると、管理のおじさんたちから「安斎さん」という付箋をつけた袋を渡される。そこにはかつて自分が隙間に落としてしまった五百円玉などがたくさんつまっている。
藻類標本小屋
ぜひ見せたいものがある、と黒人の庭師に案内されたのは広い芝生の隅にある黒く塗られた小屋だった。持っていたノートを芝生に置き、上下に開くガラス窓を開けるのに手を貸すと、小屋の中にはさらにもうひとつ小屋がある。中の小屋から屋根を外すと、それは木の水槽だった。なみなみと張られた水はなぜか絶えず流れ、世界各地から集められた水藻が糸見本のようにたなびいている。集まってきた女子高校生たちが「わあ綺麗」と声をあげるが、暗く絡まり合う藻は美しいというより恐ろしい。
そろそろ講義が始まる時間なので、と言ってその場を離れるとノートがない。高校生のひとりが遺失物として届けたと言う。彼女に案内されて教務課に出向くと、薄い和紙をカットして作ったシールを受領証明としてノートに貼らなくてはならないと言う。安齋というアウトラインフォントの複雑な不要部分を剥がしながら、申し訳ないけれど授業が始まるからと、撚れた齋の字を無理やり手で押さえつけた。
故宮ゲーム
小高い丘の上に、北京の故宮を思わせる広大な建造物がある。なだらかなスロープを登る動く歩道の両サイドは、凸凸凸凸形の石ブロックでできている。凸凸の間の窪みにすっぽりとかがみ込むと、まるで昔乗ったお猿の電車のように、ゆっくりと宮殿に向かって進んでいくのが楽しい。
と、突然「そこに座ることが何を意味するのか、おまえはわかっているのか?」と言う声。「そこに座って編隊を組むことは、対岸の編隊に対する戦線布告を意味する。おまえがそこに座ったおかげで、仲間を集めなくてはならないじゃないか」
いかにも迷惑げな口調で非難されるが、彼の顔は嬉々として昂揚している。編隊は芋虫の形をしており、僕は最後尾、芋虫の鍬型の尻に移動するように指示される。そうしている間にも、対岸の凸凸凸には関西勢が刻々と集まってきて気勢を上げる。
窓から垣間見る宮殿の内部には、緑色のサターンや魑魅魍魎、さまざまなクリーチャーが蠢いている。これからわれわれは内部に入り、戦いが始まるのだ。しかし、僕はこのゲームのルールすら知らない。
暗い宮殿に入ったとたん、僕は芋虫本体から離脱してしまう。ジャンヌダルクとして胸も露に登場したRに「ったくよぉ、何も知らないでここまで来るか?」と非難される。「私に任せておけ」と言う言葉に安堵するもつかの間、邪悪なオレンジ色の蝶に後ろから抱きかかえられ、捕獲されてしまう。これで、僕はゲームオーバー。
宮殿の外には、故宮の荘厳さとは似つかわしくない寒々とした空地があり、一台のブルドーザーが放置されている。そこに<安斎>と自分の姓が書かれている。従兄の安斎某が、中国にまで事業を展開しているのだ。彼は気さくだがけっこうずる賢いから、気をつけなくてはならない。