rhizome: 小便

料亭の地下工場

料亭の座敷で、友人は店の人の目を盗んでは壁を駆け上がり、天井を走りきる途中で落ちる遊びを繰り返している。落ちるたびに、友人は笑いながら眠ってしまう。
料亭の地下は工場のような広間で、コの字に並んだ卓の上に浴衣の少女たちが並び、なにか食材を踏んでいる。うちの料理の風味はここで作られているのだと女将が言う。この広間で食事ができるのは特別な客なのだそうだ。便所にいくと、目鼻のない石の頭の老人たちが待ち構えている。ここでは手を使わずに、彼らに任せて小便をするしきたりになっている。自分が特別な客でないことがばれないように、馴染みを装って長い小便をするが、石頭がペニスを持ち変えるたびに声が裏返ってしまう。

細い縦杭を伝って外に出ると、怪しいプラスチック職人たちが作業をしている。僕は保安官に彼らのことを告発する。保安官は白いパイプ状のプラスチックをチェックして、問題ないと言う。さらに透明な粘液を床に撒いて火をつけるが、この燃え方も正常だと言う。いやこれは二液混合なのだ、混ぜないと真相はわからないのだ。しかし、頭の悪い保安官はその意味を理解できない。

(2013年12月23日その1)

肺呼吸からエラ呼吸へ

宇宙服を着ている。首回りの防水リングにはまだヘルメットが取り付けられていない。重い宇宙服を引きずるように二階まであがってきたのだが、手は読みかけた雑誌を握っているし、まだ小便もしたい。いろいろ覚悟ができていない。これから僕の頭部にはガラスの球形ヘルメットが被され、内部に液体が満たされ、肺呼吸からエラ呼吸に変わるにつれて小便も自然に排泄され、書き取る前に取りこぼしてしまう夢と同じように、水溶性の記憶だけ水に溶けだしてしまうはずだ。

(2013年7月31日)

孤独なオフライン

ホテルマンの森田が彼自身の自腹三千円を足してまで用意した宴会場にたどり着くと、テーブルに嵌め込まれた生簀になみなみと張られた油の中で、マグロほどもある大きな鰯が素揚げされている。
せっかく特別な席が用意されているというのに、仙台のグループは運ばれてくる上等な料理を放置したまま二階の箱席で密談をはじめてしまった。ネットで知り合った仲間たちは、リアル空間での協調性がまったくない。テーブルをはさんで座った女の首から乳房にかけて広がる静脈の河川地図に見とれていると、あなたの下の句は発情したオスのように原発を肯定している、と糾弾される。小便を漏らしたので自宅で着替えてきたという別の女は、間仕切りに残した粗相の痕跡を隠そうとするが、逆に誇示しているように見えるのは、それがマーキング行為だからか。仲間たちはかくのごとくばらばらで、集団としての統一を欠き、そのうえ一般客も混じっているこのフロアで挨拶をはじめると、どう笑いを取ろうとしたところで狂人の演説にしか見えない。僕はなげやりになり、精緻なステンレスメッシュで包まれたガラス玉をバネで弾いてバスケットに入れるゲームに興じ、短時間でかなり腕をあげた。

(2012年11月14日)

木造合宿

高層の日本家屋は、築何十年になるのか誰も覚えていないほど年季が入っていて、あちこちの軋みが繰り上がって最上階に集まってくる。窓を開けると、はるか地上の広場に駐車してあるはずの車が、目の高さの蜃気楼として見え、薄もやに僕自身のブロッケン現象が影と虹を落としている。

夜の宴会で、ひとりだけ浴衣に着替えた茂木健一郎となにやら話をする。彼は、窓を十センチくらい開けて小便をしている。寝床に帰ろうと最上階の部屋へ行くと、部屋割りとは関係なく布団が敷いてあり、僕の部屋には大人用と子供用の布団が一枚ずつ。これは、どこかの家族に割り当てられたに違いない、と確信するが、子供用の布団にはすでにNHKの背の小さい人が潜り込んでいる。いくら小さくてもそこに寝てしまっては困る家族がいるのではないか。

(2005年12月23日)

白いタイルの口

久しぶりに訪れた実家の外壁が、白い総タイル張りになっている。強いスポット照明のあたる一枚だけ、人間の口と鼻のレリーフになっている。ぽっかり開いた口の中から外に向かって、強い筆勢で黄色い釉薬が塗ってあり、なかなかすばらしいタイルを見つけたものだと感心していると、コートを着た背の高い女が玄関の前に立っていて、いきなり接吻してくるその女の口も同じ黄色に染まっている。
実家に入ると、襖の向こうの明るい部屋で、従姉の婚約者が大仰に話をしているのが垣間見える。小便をしたくなって便所の戸を開けると、そこに便器はなく、母親が溜め込んだ紙の手提げ袋がぎっちり詰めこまれている。トイレはこっちに移ったのよ、と開けられた襖の小部屋は、四方の襖がどれも完全に重なりきらないので、相変わらず大仰な男の背中やテレビの画面が見える。落ち着かないまま部屋の真中の便器に小便を始めようとするのだが、半分勃起したペニスはなかなか小便を開始できない。

(2003年2月18日)

止まらない小便

中央線沿線のどこかの駅から、僕ら数名の仲間は、見知らぬ女のワゴンに乗って都心に戻ろうとしている。出発する前におしっこをしてくる、とナオコが席をたつ。まったくこんな時に、と、僕はいわれもなく腹を立てている。
戻ってきたナオコが、あなたも行っておいたほうがいい、絶対にそのほうがいい、としつこく言うので、僕はしぶしぶトイレに向かう。そこは、かつて病院か学校であったであろう廃屋で、不気味ながらなつかしい光線が差し込んでいる。奇妙な形の便器に向かって小便をはじめると、なかなか終わらない。遠くから「ほうら、あんなに溜まっていたのに」と、ナオコの非難がましい声がする。しかし、小便はなかなか止まらない。
いつのまにか背後に、車の女がぴったりと寄り添っていて「変なことをしたいわけじゃない」と言い訳しながら、僕の下腹を押しはじめる。「こうすると、おしっこが早く終わるから」
しかし、いっこうに小便は終わらない。女が「これは夢だから、本当はおしっこがしたいだけで、まだ本当には出ていないのよ。だからなかなか終わらないの」と説明してくれる。なるほどそういうことなら、早く目覚めてトイレに行かなくては、と思う。

(1997年1月6日)

異文化トイレ

異国の片田舎。道に迷って、とある集落にたどりつく。
小便をしたいのだが、トイレには壁とか穴とか、そういう対象物がない。しかもついたてのない共同便所で、目の前で女の子がお尻をめくりあげ、いきなり立ち小便をしはじめる。そのお尻をめがけておしっこをすればいい、と誰かが言う。「しかし文化が違うと、抵抗もあるだろう」とも言っている。狼狽しながら、僕はそのお尻をめがけて小便をしようとするが、なかなか尿路が開かない。

(1996年11月8日)

代筆女

いよいよ更衣室に入ると、風呂場のように「男」「女」と書いてある。木の床が黒光りしている。誰もいない。
着替えたあとで、小便をしようと立ち寄ったトイレの傍で、真面目そうな女が宛て名書きの代筆をやっている。文字に曲線がない。機械のように直線を組み合わせて文字を書いている。
「いつかお願いするかもしれない」と言うと彼女は、
「文字の中心がずれないように薄く鉛筆で線を書いてしまいますけど、いいですか?」
僕は一瞬迷いながら、
「今度是非お願いする」と言う。

(1996年1月8日その2)