バーチャル彼女

吉田隆平
福島遼太
佐原祐斗

「おまたせ」
慎司がそういうと
「三十分の遅刻なんですけど。いっつも遅れてくるよね〜」
彼女はそう返した。今日は横浜に最近できた火星での暮らしを疑似体験できるテーマパークでデートをする予定だ。
「お腹すいてない?なんか食べに行こうか」
「私はパスタが食べたいな」
ランチをとった後予定通りテーマパークに行きディナーを済ませた。
「この後どうしようか…」
「私はまだ帰りたくないな…」
「じゃ、じゃあホテルにでも……」

バーチャル世界とはいいものだ誰にも邪魔されないし、自分の思った通りに世の中が動く。まさに自分だけの第ニの世界…。

二一××年。世界はAIで溢れ人間と人工知能とが共存する世の中に。
「おーい!慎司。今から授業か?」
こいつは同じ大学に通う恭平だ。
「あ、いや。学務課に奨学金の資料をもらいに行こうと思って」
「おぉそうか。それよりさ今日、大園女子大の子たちと合コンするけどお前もどう?」
「いや、僕はやめとくわ」
「なんだよ。つれねーな。オッケー。じゃあ、またな」
「うん。また」
僕はどこにでもいるごく普通の大学生。人前ではひどく緊張してしまう。だから友達も数えるほどしかいない。授業に出て、バイトに行き、家に帰る。そんな毎日の繰り返しだ。
今日もバイトを終え家に帰ってきた。唯一の日課といえば家に帰ってきてから二三時台のニュースを見ることだ。
「僕の人生ホント冴えないな。せめて彼女でもいたらもっと華やかになるのかな…」
そんなことをつぶやきながら今日もまたテレビをつける。
「続いてのニュースです。長年議論が続いていたICチップ法案が本日可決されました。それでは細田首相の会見をご覧ください。『えー、日本国民の皆さんは頭の中にICチップを埋め込んでいただきます。これには様々な意図があり』…」

「ICチップ法案かー。これで何か変わるかな」

「おはよう!」
「あ、おはよう」
「いや、聞いてくれよ!昨日の合コンにいた子がめっちゃ巨乳でさその子ヒナコちゃんって言うんだけどもう男性陣ビンビンよ」
「そうなんだ」
「でもその子彼氏持ちだったんだよ。彼氏いるのに合コン来んなって話よな。今度はお前も来いよな」
「うん。行くよ」
「あ、そういえばさニュース見た?ICチップ法案可決だってな。俺らどうなるんだろうな。俺、来週埋め込み日なんだ。お前は?」
「僕は明後日」
「お、早いな。感想とか聞かせてくれよ」
「分かったよ」

二日後、僕はICチップを頭に埋め込んだ。
「イテっ…」

三ヶ月後。全ての日本人へのICチップの埋め込みが終了し人々もそれに慣れ始めていた。

「おう、慎司!チップの調子はどうよ」
「別に普通だよ」
「でも楽になったよな。スマホもいらないし、YouTubeも頭の中で再生できるし」
「割と便利だよね」
「そういえば知ってるか?チップの新機能としてバーチャル世界ってのが追加されるらしいぜ」
「知らない。何それ」
「俺もあんまり詳しくは知らないんだけど、なんか自分の頭の中で作り出した世界で実際に生活ができるようになるらしいぜ」
「ふーん」
「つまりだ、自分が好き勝手にできる世界ってわけ。なんかすごくね」
「あんまり興味ないな」
「なんだよー。その世界で彼女とか作ってさ、こんなクソつまらん現実世界では味わえない快感を楽しもうぜ!」

自分だけの世界で彼女か、悪くないかも。

「いよいよ今日から<自分だけのバーチャル世界を創ろう>略して<バチャつく>が解禁されるな。もうわくわくが止まらないぜ」
「そうだね」
「慎司はどんなバーチャル世界を創るんだ?」
「僕はまだ何も考えてないや」
「なんだよ。ま、お前のことだ、バーチャルでも現実とそんなに変わらない世界を創ってそうだな」
「ははは」
《アナウンス》 「それではみなさんお待たせしました。
「お!いよいよだな」
《アナウンス》 「バチャつくの解禁です」
「よし。俺は早速バーチャルの中に入るからな。慎司もせいぜい楽しめよ!」
恭平はバーチャル世界に入っていった。
「僕もちょっとだけ試してみようかな」
バチャつくヲ起動シます。
グォーン…ピピ
想像力ヲ働かせテください。
「想像力を働かせるって言ったって…えい」
設定ガ完了しまシた。それでワバチャつくヲ始めます。

「慎司、起きろよ」
「ん…恭平か」
あれ、何も変わってないぞ。バーチャル世界に入れなかったのかな。
「僕バーチャル世界には入れなかったみたい」
「なんだよ。お前機械音痴だっけ?まあいいや。昼飯食べに行こうぜ」
「そうだね」

「学食にも飽きてきたよなー」
「安いしいいんじゃない。僕ここのカレー結構好きだよ」
「お前いつもそれ食べてるよな」
《アナウンス》 「バチャつくに重大なバグが見つかりました。現在使用している方は直ちに使用を中止してください。繰り返しますバチャつくに…」
「重大なバグだって。みんな大丈夫かな」
「怖いな。俺、すぐやめといてよかったわ」
バチャつくでバグが起こったようだ。実際、バーチャル世界に入れなかった僕としては関係のないことであった。
《アナウンス》 「頭痛や吐き気、何か少しでも違和感を感じた方は直ぐに病院に行ってください。深刻な脳へのダメージを受ける可能性があります。繰り返します…」
「慎司、お前大丈夫か」
「大丈夫だよ」
「そうか。俺は怖いから一応病院に行ってみるわ。お前もおかしいと思ったらすぐに行けよ」
「分かったよ」
それから数日が経った。あのアナウンス以降、新たな情報は伝えられていない。だが、死者も負傷者も出なかったようである。バチャつくの使用はいったん禁止とされ、バグの修正や安全性の確保などを再び考え直しているようだ。

それからバチャつくは禁止とされ世の中はなにもなかったようにいつも通りに動き出した。
「慎司、きょう合コンやるけど来る?」
「んー、行こうかな」
「おし!決まりな!一九時に渋谷のDEHOって居酒屋に集合で」

「かんぱ~い!!!」
「じゃあ女の子たちから自己紹介お願いしてもいいかな」
「はい。ミキって言います。大園女子大学の三年生です。よろしくお願いします」
「ヒナコです。私も同じで大園女子大学に通う三年生です。ちょっと緊張してます。よろしくお願いします」
「マヒロで~す」
「慎司、お前どの子がタイプ?」
「えー」
「俺は断然ミキちゃんだな」
「僕は…ヒナコちゃんかな…」
「お前巨乳好きか。いいじゃん、いいじゃん。アシストするぜ」
僕は彼女に惹かれていた。キラキラした目。それでいてどこか懐かしさを感じる表情。僕は彼女に惚れた。
「ヒナコちゃん動物園好きなの。こいつ動物めっちゃ詳しいよ。な!慎司」
「え、う、うん」
僕は咄嗟に嘘をついていた。
「えー。本当!」
「本当、本当」
「今度二人で動物園に行ってきなよ」
「僕でよければ一緒に行きましょう」
「えー、行く行く!」
こうして僕はヒナコちゃんとデートをすることとなった。

今日はヒナコちゃんと初デート。あの日は勢いで動物に詳しいとか言っちゃったんだよな。けどあれから動物についていろいろ調べたし、今はなかなか手に入りにくい動物図鑑とかいう紙の分厚い奴も買ったしきっと大丈夫だ。落ち着け、僕。
「おまたせ~。ごめんね、遅くなっちゃって」
「大丈夫だよ。僕も今着いたところ」
「そっか。よかった」
「うん。じゃあ行こうか」
その後僕たちは色々な動物を見て回った。
「ここの動物園では今ではあんまり見ることのできないカバを見ることができるんだって」
「そうなんだ!私、初めて見る!」
「あ、あれがカバの檻だよ」
「すご~い!おっきいね!」
「そうだね。カバは昔、世界最強の生き物って言われてたんだよ」
「そうなんだ!」
「うん。でも、密漁とかで数が減っちゃって今では世界に数頭しかいなくなっちゃったんだ」
「悲しいね。私たち人間の利益のために殺されるんだもんね。カバさんごめんなさい」
なんていい子なんだろうか。僕はどんどん好きになっていた。

それから僕らは何回かデートを重ねた。そんな数回目のデート。
「すっかり暗くなっちゃたね。慎司くん今日は買い物付き合ってくれてありがとね」
「いいよ」
「いっぱい歩いたらおなかすいちゃった」
「今日はレストランを予約しておいたからそこに行こう」
「え、本当!楽しみだな」

「いらっしゃいませ」
「二人で予約した佐野です」
「ありがとうございます。佐野様お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
僕たちは窓際の席に座った。
「こちらお飲み物のメニューになります」
「ありがとうございます」
「お食事のメニューはコースとなっております」
「わかりました」
「お飲み物は何になさいましょうか」
「おすすめの赤ワインでお願いします」
「かしこまりました。失礼いたします」
そう言うと男性店員は下がっていった。
「素敵なお店だね。夜景もすごいきれいだし!」
「ここのレストラン四三階にあるから東京の街が一望できるんだよ」
今日のためにいろいろ調べて予約したイタリアンレストランだ。
「お待たせいたしました。こちらイタリアのAbruzzo地方から取り寄せた八〇年もののワインとなります」
ワインを注いでもらう。
「失礼いたしました」

「それじゃあ。乾杯」
「乾杯」
チン

「あ~美味しかった」
「気に入ってもらえてよかったよ」
「こんな素敵なところに連れてきてくれてありがとね」
「うん…」
「…」
「あの、話があるんだけどさ…」
「なに」
「僕。その、なんて言うか…。その…」
「うん」
「ヒナコちゃんのことが好きなんだ。付き合ってくれないかな…」
「…うん。いいよ」
「本当⁉よかった~」
「改めてよろしくね。慎司くん!」
こうして僕はヒナコちゃんと付き合うことになった。

「お前ヒナコちゃんと付き合うことになったんだってな」
「そうなんだ。これもこれも恭平のおかげだよ。ありがとね」
「いいってことよ。うまくやれよ」
「うん」
「なんか彼女できてからお前ちょっと明るくなったよな」
「そうかな。まあ、充実はしてるよ」
「なんだよ。惚気か。うらやましいな。この野郎」
「ちょっと、やめてよ」
「俺も彼女欲しいな」
「恭平ならすぐできるでしょ」
「励ましてるつもりか」
「違うよ。本心で言ってるんだよ」
「ま、頑張るわ。また話聞かせろよ。じゃあ、またな!」
「うん。また」

それから三か月の月日が流れた。ヒナコとも順調で、周りからも明るくなったと言われる。ここのところ何もかもがうまく行っている気がしてとても充実した日々を過ごすことができている。つい半年前までの生活が別の世界での出来事のようだ。
ただ一つだけ気がかりなことがある。それは頭に埋め込んだICチップに少し違和感を感じることだ。
「最近ICチップが変なんだよね」
「一回病院に行って調べてもらった方がいいんじゃないの」
「うーん。でもな…」
「私もついていくから病院行こ」
「そうだね」
こうして病院に行くことになった。
「本日はどうされましたか」
「なんか、ICチップに違和感があって」
「そうですか。それでは順番が来るまでそちらでお待ちください」
「はい」

「佐野さ~ん。佐野慎司さ~ん」
「はい」
「こちらへどうぞ」

「違和感はいつごろから」
「一か月前くらいからですかね」
「そうですか。ICチップは脳に関わりますからね。少しでもおかしいなと思ったら早めに来てくださいね」
「はい。すみません」
「一度、検査をしてみましょう」
そして僕は精密検査をされることとなった。
「んー。特に異常は見られませんね。今回は大丈夫でしょう。一応、電波を和らげる薬を出しておきますのでそちらを二週間飲んでください」
「はい。ありがとうございます」

「良かったね。なんでもなくて」
「うん。ちょっと考えすぎだったみたいだね」
「話は変わるけど、新しく横浜にできた火星のテーマパーク行こうよ」
「いいね。行こうか。僕もちょっとあそこ気になってたし」
「約束ね」
「うん」

そして一週間後。
「おまたせ」
「三十分の遅刻なんですけど。いっつも遅れてくるよね~」
「ごめん。ごめん」
「もう…」
「お腹すいてない?なんか食べに行こうか」
「私はパスタが食べたいな」
「じゃあパスタ食べに行こう」
「慎司のおごりね」
「わかったよ。そういうところはちゃっかりしてるんだから」
「なんか言った?」
「ううん。なんでもない。行こ」
ランチを済ませた僕たちは、その後予定通り火星のテーマパークを楽しんだ。
「いや~、火星ってあんな感じなんだね。私はびっくりしちゃった」
「結構、地球みたいな感じなんだね」
「火星の料理も食べれたし、満足満足」
「そうだね。この後どうしようか…」
「私はまだ帰りたくないな…」
「じゃあ、ホテルにでも……」

ピーーーーーーーー

「慎司…」
「しんじ~。あぁぁぁぁぁぁ」
両親の泣き叫ぶ声が病室に響いた。
慎司の親御さんから連絡を受けた俺はすぐに病院に駆け付けた。
「あぁ恭平君」
「お母さん。あの、慎司は?」
「…」
俺が駆け付けた頃には慎司は既に霊安室に運ばれていた。
「慎司…。おい、慎司」
「…」
「なんでだよ…。死ぬなよ。何であのとき…バチャつくのバグの警告があったとき…戻ってこなかったんだよ…」
「…」
「お前はどんな世界に入ってたんだよ…こっちの世界よりもそんなに楽しい世界だったのかよ…なあ、答えろよ。慎司…」
「…」

「慎司くんのこと残念だったね」
「あぁ。俺まだ受け入れらんねぇよ…」
「恭平は慎司くんと仲良しだったもんね」
「なあヒナコ。俺これからどうしたらいいんだよ…」
「葬儀明日だっけ。最後は笑顔で送り出してあげなよ」
「そうだな…。ヒナコ今から会えるか」
「うん。いいよ」
「お前が彼女で本当よかった。ありがとう」
「ううん」

「恭平、おい恭平」
「ん…。あれ慎司か…。お前なんで死んだんじゃなかったのか」
「恭平、大丈夫か。最近バーチャル世界に入り込み過ぎなんじゃないのか」
「え…」
「ほら、早くしないと学食の席なくなるから。行くよ」
「お、おう…」
この世界では人間と人工知能が共存している。そして頭にはICチップを埋め込む時代だ。そのICチップにより自分だけのバーチャル世界にいける。そう自分だけの第二の世界に…。

『続いてのニュースをお伝えします。新たに二人の死亡が確認されました。死亡したのは佐野慎司さん二一歳と林田恭平さん二一歳の二人で、二人は先日大学内でバチャつくをプレイしていたところ脳内にダメージを受け、脳死の状態が続いていましたが、今朝、死亡が確認されました。これでバチャつくによる死亡者は…』
「ヒナコ、ご飯よ~」
「は~い」

ブツン

(東京経済大学コミュニケーション学部「可能人類学2019」「22世紀恋愛論ワークショップ」課題作品より)