ぬ芸術宣言

芸術は人間のためにあるわけではない。

芸術家は芸術の受容者を未知数として保留することができる。未知の感覚器官、未知の記憶構造、未知の推論機能をもった新しい生命体《NU》に向かって作品が表現されるとき、そこに新しい芸術が発明される。新しい芸術は、新しい人間を発明する。

1910年オーストリアのブルマウに飛来した未知の生命体《NU》に対する芸術交流が試みられたときも、新しい音楽が発明された。それは後に人間のための音楽潮流「セリエリズム」として括られることになるが、当初それは《NU》の感覚についてのひとつの仮説
「《NU》は予測不能性と予測可能性を満たしあう過程を音楽と呼ぶ」
を実現するための実験であった。

あるシリーズ(音列)が、それを構成する要素のすべてを一通り通らねばならないとする制約を設けると、初めの一音は最大の不確定性から出発し、そこまでの履歴から完全に確定される最後の一音に至ることになる。たとえば平均律の12音を要素とするなら、12音列は自由度12から出発し、自由度ゼロに至る。

《NU》との芸術交流プロジェクトを依頼されたアルノルト・シェーンベルクは、この12音技法による音楽は汎宇宙的に理解されるだろうという確信をもった。地球外生命《NU》との芸術交流は後に歴史から抹消された秘密プロジェクトであったため、この試みは人間のための実験音楽の礎として再解釈されることになる。

芸術は人間だけの狭い美を目指してはならない。それは蓋のされたドラム缶の中で歌う行為にすぎないからだ。反響する缶を開き蓋の外へ逃れるため、芸術家は常にNUについて考える必要がある。

2010年日本の箱根山中に飛来した地球外生命《ぬ》との芸術交流プロジェクトは、現在も秘密裡に進行している。《ぬ》作品は、前提となる《ぬ》に関する仮説と組になって成立し、これは「ぬ様式」と呼ばれる。《ぬ》は脱人間を促す触媒であり、汎宇宙的な美に関心を向ける戦略でもある。

安斎利洋


ぬ2016イントロダクション

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