rhizome: 病院

無言タイプの妹

検査のため病院のベッドに横たわっていると、下半身の衣服をまとめて引きずり下ろされる。先端に太いネジのついたゴムサックを性器に被せ「このまま少しつけていると、沁みだした液体を解読して全部の検査が終わるから」と看護婦さんが言う。
しばらく病院のあちこちを歩きながら、ゴムの先端ネジをカメラの底にねじ込むとぴったり嵌る。思った通り、雲台と同じネジ規格だ。看護婦さんがサックを外しに来る。もったりと他人のような性器が現われ、濡れた薬の匂いを放っている。
一人乗りの小さい車で水路沿いのバラック小屋に帰ると、玄関の前で声をあげて争うふたりの子供がいる。仲裁のために近づくと、子供の姿はなく、水の入った二つのペットボトルの間に赤い蟻が行列を作っている。玄関から覗くと、妹が帰ってきている。お医者さんから検査結果を聞くのを忘れてうっかり帰ってきちゃったよ、とおどけてみせるが、妹は終始無言だ。何か怒っているわけではない。これは声が欠落した種類の妹なのだ。

(2015年7月1日)

エレベーターの隙間

女たちは病院の患者のように決められた服を着せられ、見え隠れする恥部や乳房を隠そうともせず、エレベーターAから別系列のエレベーターBへと乗り移っていく。
エレベーターの箱の奥にあるもうひとつのドアから、このビルのオーナーと思しき車椅子の女が、ほとんど人間の体をなさない崩れた塊として現れる。その箱の天井の上に紛れ込んだ僕は、ふわりと金属ワイヤをあやつり、なんとか建物の外に出ることができた。
ビルの傍らを流れる川には、夥しい都市の残滓が流れている。この風景はすでに何度もリプレイされているし、これからも繰り返されることがわかっている。

(2012年2月1日)

肘の肉片

肘の手術を受けるため、ベッドに横たわっている。数人の看護婦が、窓際でTシャツを交換しあったり、互いに手の角度を千手観音のようにずらしたりして騒いでいる。この病院は賑やかでいいですね、と医師に話しかけるが、ラッパ形のステンレスから噴出する蒸気をたっぷり吸ってしまった僕の言葉は言葉になっていないようで、彼は理解できないそぶりをする。肘から切除された軟骨は、ベッド大のステンレスバットに投げ込まれる。食品売り場の牛モツのようにうずたかく盛られた肉の断片を、へらでぺたぺた塗り固めている白衣の男がいる。

(2008年3月2日)

カラスを掴む

目の高さまで書類が堆積している見通しの悪い部屋で、カラスを捕えようとしている。書類を丸めてはカラスの上に投げるので、カラスはなかなか飛び立てない。いよいよ部屋の隅まで追い詰めると、うかつにもわずかに開いた扉の隙間から、次の部屋に逃げ込んでしまう。そこは一変して整然と机の並んだ病院の薬局で、カラスはもう一羽と合流して二羽になっている。
一羽は、白い羽にさまざまなブルー系の色が浮かび上がっている。もう一羽はオレンジ系の色に彩られている。カラスに異変が起きたのではなく、追いかけてきた僕の目の異変であるのに間違いないのは、彼らの映像それぞれにひらがな三文字の名前がオーバレイされていることでわかる。立て続けにその名を呼ぶと、僕は左手に一羽、右手に一羽、それぞれの足を握り、吹き抜けの広い空間を自在に飛び回ることができた。

(2007年4月14日)

ボルゴさんの子供

彼の子供には形がない。なまこのようでもあり、ウニの刺し身のようでもあり、ペニスのようでもある。口があって話ができる。時折、ペニスの先の穴のような口で噛みつく。その子供をソファの片隅に乗せて、広大な要塞から救出してきた。
ボスは、その子供を捕らえようとしている。子供は相手の顔にしがみつくと、まるで変形ロボットのような構造を有機的に変形し、相手の身動きを封じ込める。
トランクに隠していた子供が見つかってしまい、組織のボスの手に渡ってしまうが、しかし子供は今度は液体になって、地面に染み込んでいく。父親に「なにかあったら、呼んでください」と言い残す。

子供の父親はボルゴさんという名前で、正義の味方として活躍するボルゴさんの連続ドラマがはじまる。ボルゴさんがやってくると、彼の手には大きな手袋に変形した子供が嵌っていたりする。ボルゴさんは関口ひろしのように笑いながら登場し、今週は入院している悪人の点滴や人工呼吸機にしがみついて、彼らを滅ぼしてしまう話だ。
ボルゴさんの番組を見ていたら、いとこのYがやってきて「宿題はどうした」としつこく尋ねる。

(1996年9月2日)

脱線ジェットコースター

都営の電車は運賃80円。しかし、回数券には70円と90円しかない。70円を切り取って10円足して切符を買う。切り離した90円はもう無効です、と言われる。釈然としない。
小高い丘を降りかけたところにある駅から、電車は出発した。芝生に囲まれた美術館を横切り、東京を一望しながら走る。この路線に乗るのは初めてだが、こんな気持ちのよい景色ならちょくちょく乗ってもいい。
ジェットコースターの構造をした車両の後ろボックスに、男の子が数人乗っている。そらまめ形の頭の大きい男の子がボックスから落ちそうなので、彼を自分の前に座らせ、落ちないように両太ももで支えてやる。
そうこうしているうちに、自分のボックスだけ脱線して、普通の道を走っている。なにしろ動力がないから、坂を降りる弾みを利用して坂を登るしかない。これで目的地まで行き着けるだろうか。
そらまめ頭の彼は、近所の養護施設の子供で、名札を首からかけている。途中の病院に寄って、名札にある施設に電話をかけておいた。
なんとか自力で後楽園のレールまでたどりつくことができた。駅員に「この電車は途中で脱線した」と抗議する。そらまめの彼は、もう一人いた友人のことを気にしている。彼が知り合いの男の子に尋ねると、「あいつ、弱っていたから死んじゃった」と言う。

(1996年7月14日その2)

学校の鍵

みいちゃんは彼女の母親が死にそうなので病院に行き、帰ってきたところだ。死にそうなのに親戚がたくさん沸いてきて、母親の耳元でうるさいのだと言う。
僕は今日から新学期で、誰に会えるか楽しみにしている。どの服を着て学校に行こうか迷ったり、学校の鍵を探したり、そうこうしているうちにどんどん時間がたって始業時間をすぎてしまう。青いベストを探しているのだが、どうしても見つからない。母親が、それを裏返して物干しに干していて、これじゃ見つからないわけだ、と僕は怒っている。

(1996年2月24日その1)