rhizome: 狡猾

ずるいジョージ・クルーニー

大人たちが帰ってきたので、あわてて裸の下半身を炬燵の中に隠した。少女の柔らかい感触が足にからみつきながら炬燵の中でなんとかタイツを履くことができた。帰ろうとする少女を大人たちが引きとめている。こうやって長い時間置いておけば、動物とおなじで番(つがい)になるから、と大人たちが影でささやいているのが聞こえる。
階段を上って二階の自分の部屋へ上がると、初めてみる3階への階段がある。登ってみると薄い板がきしむ。安い木を使うとこういうことになる。カウンター席も同じ素材でニス仕上げも安っぽい。なんで大人は一割の差をケチるのか。
3階の奥から階段を降りると、ジョージ・クルーニーが製図器具を売っている。烏口のコンパスは3万円のところ千円に割引くという。仕上げの美しさに心が動くが、この先これに墨を入れて使うことはまずない。別の棚にある十字の溝を彫ったドライバーを見ていると、その間にジョージは製図器具一式を包んで合計7万円の請求書を書いている。冗談じゃないどいつもこいつもずるすぎると言ってその場を去る。
地下のスタジオは天井が背丈ほどしかない。地下を伝って別の建物に抜けることができるのを知っているので、警備員に不審がられないように平静を装い、つきあたりまでくると、たくさん子供たちが群らがり、ひとりの赤ん坊に卵ごはんを食べさせている。箸の先端は危ないので、反対側を使い上手に口に入れると、赤子はミンチマシンの入口のように滑らかに吸い込んでいく。

(2015年12月5日)

仁王炎上

文京区の神社仏閣を巡るバスツアーから、一人だけはぐれてしまった。文京区は山麓のゆるい斜面にあり、立体イラストマップにはたくさんの寺や神社が重なり合うように描かれている。いちばん手前に描かれた麓の大きな寺で待っていれば、必ずまたツアーに合流できるはずだ。
境内の参拝者に混じって、洋服を着た猿が潜んでいる。布で顔を覆っても、異様に鮮やかな顔色から猿だということはすぐにわかる。狡猾な猿は人の命を狙っているので、僕は猿を静かに威嚇しながら本堂にたどり着く。説明書通りの回数だけ拍手を打ち、干し草で作られた線香に火を点ける。
山門の柱の中に、草で作られた仁王が立っている。僧が供養の念仏を唱えはじめると、仁王の草は煙を上げて燃え始めた。乾いた草は瞬く間に閃光電球のようなまばゆい光球となって燃え尽き、仁王の頭部は草の支えを失い、鉄の骨格と化してごろんと地面に転がり落ちた。
忌まわしいことだ、お祓いをせねば、と、合流したツアーの友人たちと相談するが、僧は携帯電話を肩にはさんで宮司と話している最中で、それどころではない。
参道の階段を下りながら、寺門孝之、うるま、中村理恵子と僕の四人で、リアルとはなんだろうという話になる。寺門さんは、自分にとってリアリティとは、毎年2月11日にニューヨークに行き愛を確かめることだと言う。3.11でも9.11でもなく2.11だからリアルなのだ、とうるまが言う。

(2012年9月12日)

蛾で封印

高架駅への近道だ、と思って細い階段を昇りきると、もう一度降りないと駅にたどりつけない「徒労の階段」であった。あきらめて階段を下り、次の上り階段にさしかかる谷に、風呂桶ほどの水溜りがあり、顔色の悪い裸の女子高校生が泥水に漬かっている。早く帰宅するようにたしなめながら死体のような女を引き揚げると、意外に体温は高く、声も快活なので安心する。狡猾な男の腕のようなものが女の性器から外れ、泥水に浮いている。女を捕らえていた邪悪な男性器のようなものの周囲に、ぐるぐると蛾の吐き出した糸を巻きつけておいた。

(2007年8月15日)

第二東京タワー

ここのところ、外の景色などとんと見ていなかったとはいえ、ベランダに出てみるとほとんど目の前に迫る「第二東京タワー」が完成しつつあるのには驚いた。タワーのことは噂には聞いていたが、それにしてもこれは近すぎる。まるでゴジラがそこにいるような、恐怖を覚える。抗議に行かねばなるまい。
そして、抗議のためのツアーに参加したわけだが、参加者の誰ひとり自分たちの抗議が届くとは思いもよらず弁当を食べつづけているのに腹が立つ。粘土の服を着た男に、ともかく大事なのは都議会議員とアポなしで会うことだと焚き付けて、二人でガード下の議員事務所を訪れる。議員秘書らと会える会えないの揉み合いをしているうちに、途中からなぜか、プログラムのコンポーネントがインストールできるか外せるかという話にすり替えられている。彼らはとことんずるい。

(1997年10月23日)