selection: 選集

異世界恋愛

自分の恋人に見慣れない股がついている。ここは性器がときどき入れ替わる世界だから、と恋人が言う。恋人のいつになく薄い陰毛を毛づくろいしながら、ここを触ると嫉妬するのか?と尋ねると、これはフリーセックスのKNのものだから大丈夫だよという。この世界で愛を確かめあう言葉を探すのは難しいな、と思いながら恋人の右目を見ると涙がとめどなくあふれて、尋常でない液量なので瞼を広げてみると眼球が若干小さくなっている。

(2018年6月22日)

暗黒物質音楽

金子仁美さんが Illustrator で書かれた楽譜を見せてくれる。黒い図形がレイアウトされているが、音楽自体はダークマターで書かれているので譜面には現れていないという。それじゃ永遠に演奏できないのでは?というと、それでも楽譜の20%はダークマターの影響を受けている、という。

(2018年3月7日)

ガラスの単発機

神長君のお父さんがイヤホンなどを作っている工場で、ガラスでできた単発の飛行機を修理している。正面中央にあいた穴をずらさないとエンジンが入らない。測ったり線を引いたりする時間がないので、ドリルを使って目分量で穴を開けるしかない。脅しているわけでも意地悪しているわけでもなく、本当にこれしか方法がなく、これでダメなら飛ぶのを諦めるしかないんだ、と鳥のように怯える飛行機に言い聞かせている。

(2018年2月20日)

性転換ウォッチ

キムさんが腕時計を巨鳥の腹にあてると、そのたびに鳥の性別が雄になったり雌になったりするので、キムさんが鳥の足につかまって飛び立つ瞬間、鳥が雌だったか雄だったかわからない。たまたま意地の悪い雌だったらどうしようと言うと、キムさんは鳥の仕事をしたことがあるので鳥の弱みを知っているから大丈夫ですよ、と、みづ樹さんは楽観している。

(2018年2月10日)

箱の閉鎖系

マンションのエレベーターが、緊急時に限って垂直ではなく水平に動く話は聞いていたが、自分が乗り合わせることになるとは思っていなかった。突如電車のような横方向の加速度を感じるが、窓がないのでどこを走っているのかわからない。閉鎖系では人が人のタンパク質を摂るしかないので絶滅するしかなかった、という物語をタブレットで見ている同乗者がいる。

(2017年12月20日)

再射出3Dプリンタ

飲み屋の隣に座っている黒服の男が、店の裏手に放置されたアナログレコードプレーヤーから抜いてきたバッテリー(ほかにもっとレアな部品があったろうに…)をポケットにねじ込む。彼は掌に乗るほどの小さい家の模型にストローをあて、らせん状にほどける外壁をするする吸い込んでいく。家はみるみる低くなる。ふたたびストローから紐が射出されると、前とは違う家が出来上がっていく。

(2017年12月19日)

血液交換場

土の露出した断崖に、人ひとりやっと通れる穴があり、くり貫かれた土の中に酒場があり、好きな酒を好きなだけ呑み好きなだけ金を置いていく仕組み。鈴木健が、自分は蚊に刺されても放置するという。好きなだけ血を吸わせて、そのうち自分の血が蚊と交換されて別ものになってもそれはそれでいいというので、いやだめな蚊もいるだろと反論する。

(2017年10月15日)

針の独奏

サキちゃんのお兄さんが針を演奏するという。巧みに針を投げ、宙に浮く間どこにも触れていない針はそれぞれの音の高さで鳴る。遠目に黒っぽいほど音符だらけのベートーヴェンピアノソナタの楽譜を見ながら、彼は音符と同じ数の針を宙に舞わせ、同じ放物線を描く針の一群をシャーンと和音にまとめあげる。

(2017年9月27日)

未知領域の古書

ついに閉店する古書店の天井近くの黒塗りの書架に聞いたことのない時代の聞いたことのない美術潮流の棚があり半額で放出しているのだが未知領域すぎて本を選びようがなく途方に暮れるそばから確信をもって希少な一冊をかすめ取っていく青年がいて残念きわまりない。

(2017年9月25日)

針金文字のペン

基礎デの寄せ書き的なプレートに、銀色インクのペンでメッセージを書く。すでに書かれた絵や文字の余白に書ききれなくなる。ペンの後端についたゴムで擦ると、いま書いた線の塊が針金になってまとめて移動できる画期的な文具に驚く。

(2017年5月3日その2)

空欄つき自己紹介

西池袋の急な坂を登りつめたところにあるレストランで会食をしている。向こうのテーブルにあった牛蒡のウナギ巻きを食べ損ねたので、もう一度注文しようとすると、サイモン・ラトルの髪をした稲垣さんが入ってくる。僕が彼を紹介しはじめると、別の友人が別の紹介を始め、かみ合わない。稲垣さん本人が黒板にところどころ空欄になった文章を書き始め、空欄のまま成り立つ文なのだと言う。

(2017年4月30日)

旧式UI

スタジアムの観客席斜面から、床下の階へ潜る洞穴があり、ラジオカセットテープレコーダーや電話機がぎっしりと穴を塞いでいる。パジャマを着たInomataさんがダイアルをいじっている。これを開けないと帰れないと言うのだが、ひょっとしてダイアル電話の使い方がわからないとか? まさかそんなわかりますよ、そういうことじゃなくて、といいつつダイアルの穴を押したりしている。

(2017年3月27日)

すれ違い新幹線

新幹線の先頭車両がシャワールームで、誰もいない運転席の窓の内側は蒸気で曇っている。壁の受話器を取ると、連れから早くシャワールームに来るように促される。いやもう来て裸になったところだ。いやこっちも誰もいない、などやりとりをしながら、どうやら互いに反対側の運転席にいることがわかる。新幹線の二両目から先が登り坂になっていて、向こうの尖端車両は途方もなく遠い。

(2017年3月26日)

鏡像触診

若い女医が、私を触診すればミラーニューロンを介してあなたが治癒するというので、女医の首を抱きかかえて髪を撫でながら自分の痛みに相当する肩のあたりを触ると、確かに自分の痛みが消えていく。床に張り付いている電気工事の男がこちらを見上げている。工事の男は、並んで歩きながら、ずっと彼女を見続けているがなんでああいう治療をしているのか、お金のためなのか、もっと深い意図があるのかよくわからないと言う。工事の男は木造の一軒家に、板塀をすり抜けてすっと消えた。
上板銀座のあちこちが更地になっていて、いよいよ開発が始まるのか、いままで見えなかった奥まった家の側面が露出している。更地の前はここに何が建っていたのか、もう思い出せない。この道を歩き抜ける動画を撮っておけばよかった。いや、今からでも遅くないか。

(2017年3月3日)

青虫恐竜

青山一帯が更地になっている。こどものくにの恐竜が何匹か、更地の縁に張り付いている。8階の店の窓から見ると恐竜は虫ほどの大きさで、青虫が葉を喰い拡げていくように見える。上空から見る津波は偽物だから、早く地面に降りて写真を撮ったほうがいい、と女店主に促される。

(2016年10月26日)