作者
シナリオ:伊藤匠(TKU)
表紙:甘味屋みりん(MAU)
2107年には出会い系サイトの進化版、出会い系VR空間『sora(ソラ)』が存在する。そこではユーザー自身のアバターを作り、他人と実際に会うまでにVR空間上で出会え、疑似恋愛ができる。さらに、愛の感情を持ったAIキャラクターも存在し、AIとsora登録者が恋愛を楽しむこともある。
このsoraの管理者は天草空で、soraは空の理想を形にしたAIキャラクターの山下蓮華との疑似恋愛をするために作った空間を商業化したものである。
ある時、sora上のAIキャラ達がシステムのエラーにより他のAIキャラにも恋をするようになってしまった。そして、AIキャラ三浦海斗が恋をした相手は蓮華だった。本来AIはsora利用者としか恋愛をせず、AI同士の恋愛はプログラムされていない。空はシステムを書き換えたが、海斗だけは蓮華を好きなままでいた。VR上のAIに恋をする青年の恋の行方とは。
登場人物
天草 空(あまくさ そら 25歳)出会い系VR空間「sora」開発者。AIの蓮華が彼女
山下 蓮華(やました れんか 20歳)空の理想を具現化したAI
三浦 海斗(みうら かいと 20歳)空がsoraに加えるキャラとして開発したAI。
山崎 舞奈(やまざきまいな 17歳)高校時代の空の初恋の相手
橋本 里奈(はしもとりな 25歳)読んでからわかる
soraの社員達 清水・新井・小松崎・柳田
soraのユーザー達とAI達
VRなんて絵空事
○VR空間sora
sora内のユーザー達、VR上で交流している。
ユーザー1 「初めまして、名前はなんて言うんですか?」
AI 1 「私はAIのアイカです。よろしくおねがいします!」
ユーザー1 「僕ここ初めてなんですけどどういうことができるんですか?」
AI 1 「まぁここは40年前にあった出会い系サイトのVRバージョンだと思って下さい。ユーザーさん同士で実際に出会う前に疑似恋愛をすることもできますし、私たちAIとの恋愛をすることもできますよ。」
ナンパもVRを通してリアルのように行われる。
ユーザー2 「大人の関係持ちませんか〜?」
ユーザー3 「いや、そういうのは望んでないんで、他当たってください」
ユーザー2 「も~、冷たいなぁ~」
ナレーション「sora、ここは天草空によって作られた出会い系VR空間。ユーザーは自身のアバターを通して実際に会っているかのように、様々な人やAIと交流ができる。もともとは空が高校時代に作った理想の女性AI山下蓮華との疑似恋愛を楽しむために作ったVR空間だが、親に反対され仕方なく商業化し、家にお金を入れることで許されたものである。」
○空の自室(夜)
空、帰宅してスーツを着替えsoraを起動する。
空 「(スーツのネクタイを荒々しくほどき捨てながら)はぁ〜、何が遺伝子の相性でお見合い結婚だよ、馬鹿げてる。自分が本当に好きな人と結婚したほうがいいに決まってんだろ。AIだとしても…」
AIスピーカーアレクサ 「おかえりなさい空さん。どうかしましたか」
空 「いや、かぁさんがAIに恋する俺にあきれて、お見合いさせやがってさ。」
アレクサ 「まぁ時代が変わったとはいえ、まだ認知されていない部分もありますからね。」
空 「ついに日本も少子化で狂ったな。わり、また蓮華に会ってくるわ」
アレクサ 「あ、作業の邪魔してすみません。いってらっしゃいませ。」
空 「ありがと、アレクサ」
○sora内、空の部屋
空、AIの蓮華に愚痴をこぼす。そして新AIキャラの構想について話す。
空 「蓮華~、今帰ったよ。お待たせ」
蓮華 「遅いんだけど、何してたの?」
空 「昨日言ったろ?あれだよ、遺伝子の相性でお見合いさせるやつ、馬鹿げてるよな~」
蓮華 「あー、現実世界はたいへんね。でも私以外に好意向けたら許さないから」
空 「わかってるよ。あるわけないだろ、俺の理想形だぞ。」
蓮華 「そうだよね、私を作ったのは空だもんね」
空 「あ、そうだ。今soraに加える新しいAIキャラをモデリングしててさ、これなんだけど。」
蓮華 「おぉ~!かっこいいじゃん。私的に顔だけ見たらこの人空よりかっこいいよ」
空 「おい」
蓮華 「ごめんごめん。名前は何ていうの?」
空 「三浦海斗でいいかな~って考えてる。まぁほぼ確だな。」
蓮華 「空ってセンスあるよね。このキャラ顔もかっこいいし名前も良さげじゃん。これは女性ユーザーの課金増えるわ。やっぱ世界ではじめて出会い系VR空間を作っただけはあるよね。」
空 「まぁな。だってこうやって稼いでないと親に色々言われるからな。」
○sora内、VR社内会議室(昼)
soraを運営する会社の会議。それぞれの自宅からsoraにアクセスしてVR空間上の円卓で会議をしている。
新井 「今日は来月のアップデートで加えるキャラについてなんですが。」
柳田 「あぁ、もうほとんど完成段階に入ってますよ。あとは恋愛の感情だけプログラムすればってかんじですね。」
新井 「わかりました。完成したら天草社長に報告をお願いします。」
柳田 「了解です。」
清水 「じゃあ今回のアップデートで追加するキャラは6人ですかね。」
小松崎 「いや、さっき社長から新作がもう少しで完成するって聞いたんでたぶん7人ですかね。」
柳田 「おっ、それは期待できますね〜」
清水 「soraの人気キャラランキング1位、2位は社長のキャラですからね」
○sora内、空の自宅前(昼)
蓮華は空を訪ねてきた
蓮華 「空〜、いないの〜?」
そう言いながらしきりに呼びかけるが空はいなかった。
蓮華 「なーんだ、つまんないの」
○soraの有名スポットsoraタワー前公園
ここは人気のデートスポットで、カップルがたくさんいる。
蓮華 「あー、やっぱ一人で来てもつまらないな〜」
手を後ろに組みながら石ころを蹴っ飛ばして歩く
コツン 蓮華の蹴った石が前にいた柄の悪い男に当たった
蓮華 「あっ、ごめんなさいっ」
咄嗟に両手を胸の前で組み、祈るように謝った。
ユーザー4 「おい姉ちゃん、石当てたなぁ? どうすんだよこれ、靴に傷ついたじゃねえか。」
ほとんど見えもしない傷について怒り始める男
蓮華 「すいません。私の不注意でした、許してください。」
ユーザー4 「そりゃそうだわな、でもな、この靴にいくら課金したと思ってんの?」
男は顔を近づけながなメンチをきかせた
⁇ 「やめろよ。」
不意に蓮華の後ろから歩いて来た見知らぬ男が仲裁に入った。
ユーザー4 「誰だてめぇ、言っとくけど悪いのはこいつだからな?」
⁇ 「本人も悪気がないみたいだし、謝ってるじゃないか」
ユーザー4 「うるせえな、お前には関係ないだろうが。」
⁇ 「いいのか? soraの規約違反で退会させられるぞ。」
ユーザー4 「チッ」
男は舌打ちをすると、そこから去っていった。
蓮華 「どなたか存じませんが助かりました。ありが…」
蓮華ご御礼を伝えようとしたちょうどその時、仲裁に入った男が振り返った。
蓮華 「あー!三浦〜、誰だっけ?」
海斗 「AIの三浦海斗です。なんで名前を?」
蓮華 「私、実はあなたを作った天草空と付き合ってて、あなたのことを彼から聞いてたの。」
海斗 「そういうことか。ていうか、君も、石蹴っ飛ばして人に当てるなんて。」
蓮華 「そうだよね、反省してます」
そう言いながら蓮華は笑った。
○ある日のカフェ(夜)
社員の清水が空に慌てた様子で電話をかけて来た。
清水 「もっもしもし、し、社長、大変です。」
空 「どうしたそんなに慌てて。」
清水 「いや、あの、昨日からsoraのAIたちがなんかのエラーでユーザーたちだけじゃなくてAIにも恋愛感情を持ち始めてるんですよ。」
空 「おいまじかよ。」
空は右手で髪をぐしゃっと掴んだ。
清水 「おそらく、このあいだのアプデ以降のことだと思います。」
空 「わかった、今すぐ確認してくる。」
そういってハンズフリーイヤホンを切った。
○sora(夜)
ユーザーたちはAI同士で好意を持ち合うシステムエラーに混乱していた。
ユーザー5 「おい!実咲!俺のことが好きだったんじゃなかったのかよ!?」
AI 実咲 「ごめんね、なんかあなたよりもいい人見つけたの。」
実咲はAI 陸斗と腕を組んでいた。
陸斗 「悪いな、俺の方がよかったみたいだぜ?」
ユーザー5 「どうなってんだ、AI同士は恋愛に発展しないんじゃなかったのかよ!!!」
全てのAIがAIに恋をしているわけではなかったが、このような混乱は各地で起きていた。
ユーザー6 「どうしてこうなったんだ。運営は何やってんだ。」
ユーザー7 「話が違うじゃない!」
ユーザー8 「こんなクソ出会い系VRなんてやめてやる。」
AIの恋人に裏切られたユーザーの一部はこの状況に耐えきれず自ら退会していった。
○空の自室(夜中)
空はカフェから急いで帰宅し、パソコンに向かいシステムの改善を急いだ。
空 「くそ!なんでこうなった。キャラを追加しただけで他はいじってないだろ…」
目を見開きながら必死にキーボードを叩いた。
空 「やばい、ユーザーが少し減ってる。そりゃそうだよな、AIと恋が出来る出会い系って言ってんのにAI同士でイチャイチャされちゃユーザーもこっちも不利益被ってたまんないわ。」
空の部屋には夜通しパソコンをいじる音だけが響いた。
○sora内、VR会議室(朝)
空は社員を集め、今回のエラーの件について話し始めた。
空 「みんな申し訳ない。だがなんとかシステムは持ち直した。」
清水 「ユーザーの退会は一応最小限で食い止められましたね。」
空 「ああ、エラーがまだ夜中で助かったな。」
柳田 「すいません!自分がキャラをアプデする段階で何かいじっていたかもしれません。以後気をつけますので。」
急に立ち上がった柳田は深く頭を下げた。
空 「いや、キャラの更新でこうなることはまずないだろうし、お前の能力は俺がよく知ってる。そんなヘマをするやつじゃない。」
柳田 「社長…」
空 「新井、今回の件に関する謝罪と、ユーザーに無償でのアイテム配布を急いでくれ。」
新井 「承知しました。」
空 「可能性としては外部のやつの仕業もありえるな。」
○sora(昼)
システムの改善により、またいつものsoraが戻って来た。
ユーザー5 「昨日は焦ったぜほんとに。マジで見捨てられたのかと思ったわ。」
男は満面の笑みで昨日のことを語った。
AI 実咲 「ごめんね、本当に。でも私もなんでこうなったのか。」
ユーザー5 「ただのシステムのエラーだろ? 気にすんなって。」
○sora内、空の自宅(夕方)
昨日徹夜してシステム改善を行った空は完全に疲れ切っていた。
空 「あーーー。ほんとに疲れたな。」
キャスター付きのデスクチェアの寄りかかって空を眺めていた。
空 「てか、この一件のせいでしばらく蓮華に会ってなかったな。またいつもの公園にいるだろ、会いに行くか。」
空は空間上に浮いたボタンを一押しし、外出用の服に一瞬で着替えた。
○soraタワー前公園(夕方)
蓮華はいつものように公園のベンチに座っていたが隣には海斗がいた。
海斗 「空さんから連絡ないの?」
蓮華 「そうなの、まぁあの件があったからね。大変だったんだよ。」
海斗 「そっか。」
別にこの話には興味がないかのように返事をした。
蓮華 「どうしたの?」
海斗 「あ、いや。俺なんだ。」
蓮華 「ん?」
蓮華は海斗の顔をぽかんとした顔で見つめた。
海斗 「実は、今回のエラーを起こしたのは俺なんだ。」
蓮華 「えっ?何言ってんの?!」
蓮華は訝しげな様子で苦笑いした。
蓮華 「嘘でしょ?」
海斗 「いや、俺がやったのは本当だ。」
海斗は俯いた。
海斗「実はな、空さんが俺を作った段階で、間違えて他のAIに恋愛感情を抱く設定にしてたんだ。」
そういって海斗は蓮華の手をそっと握って呟いた。
海斗 「一目惚れだったんだ。」
蓮華 「え?」
海斗 「俺、仲裁に入ったあの日から蓮華のことが好きなんだ。だけど、蓮華にはAIを好きになる感情がインプットされてないから、自分でやるしかなかったんだ。」
蓮華 「だからってこのsora全体を巻き込まなくても。」
海斗 「そうでもしないと空さんの目は欺けないだろ。」
蓮華 「でもどうやって…」
海斗 「俺らはAIというデータだ。システムデータに侵入することはいくらでも出来る。」
蓮華 「そうだったんだ。」
海斗 「てかいまそんなことはどうだっていいんだ。俺は蓮華の気持ちが知りたいんだ。」
蓮華 「それは…」
蓮華は気まずそうに俯いた。
海斗 「今、他のAIはシステムを直されてるけど、蓮華のだけは書き換えられないようにしてあったからAIに恋が出来るはずなんだ。」
蓮華 「でも…」
しばらくの間二人の間に沈黙が流れた。そこから口火を切ったのは蓮華だった。
蓮華 「正直言うとね、私も海斗が好きだよ。空から完成前に見せてもらった時から気になってた。でも、私は空が空のために作ったからAIだから…」
海斗 「そんなの関係ない!!! AIだって誰を好きになってもいいだろ!」
一瞬熱くなった海斗は自分を落ち着かせるように言った。
海斗 「俺はそう思うんだ。」
○ soraタワー前公園に向かう夜道
空は、いつも蓮華がいるはずのsoraタワー前公園に向かっていた。
空 「(それにしても、あのエラーは何だったんだ。セキュリティーは万全だったはずだし、まさか内部の…いや、考えすぎか?)」
ヒューっと肌寒い風が吹いた。空は少し嫌な予感がしていた。
空 「なんだか今夜は肌寒いな。」
○ soraタワー前公園入口(夜)
男 「飲む?」
女 「ちょっともらうね!」
空はちょうど公園入口の自販機のあかりに照らされたカップルのそばを通り過ぎた。
プシュッ。炭酸飲料が入ったペットボトルが開く音に反応して空はちらっとそのカップルを見た。
男 「じゃあ、行こっか」
女 「そうだね」
空は聞き覚えのある声に耳を疑った。
空 「ちょっとまて、蓮華か?」
空は勢いよく振り返ってそう聞いた。
蓮華 「え、空??」
暗さに慣れた空の目に映ったのは、蓮華とその手を握る海斗の姿だった。
空 「お、おい…………なんで、二人が手をつないで一緒にいるんだ。」
わけがわからなくなった空は一瞬言葉を失った。
蓮華 「ち、違うの」
空 「違くないだろ、どういうつもりだよ。」
蓮華 「これは、その…」
空 「納得がいかないだろ!説明し…」
海斗が遮るようにこう言った。
海斗 「蓮華はもう空さんのものじゃないですよ」
空 「いや、だからどういうことかわかんねぇよ」
海斗 「だから、僕たちは両想いなんですよ。」
空 「そんなわけ…」
空は何かに気づき一瞬動きが止まった。
空 「ちょっとまて、二人ともAIだよな…?」
海斗 「やっと気づきましたか。バレるのもたぶん時間の問題なのでもう言っちゃいますけど、大変だったんですよほんと」
空はごくりと唾をのんだ。
空 「…もしかして、海斗なのか、あのエラーを起こしたのは。」
海斗 「そうですよ。外側からは強固なセキュリティーでも内側からは脆弱ですね。」
空 「くそ。そういうことだったのか。」
空 「蓮華…」
空は蓮華にそっと目を向けたが、蓮華は俯いていた。
空 「そうか。」
空はそうつぶやくと、二人に背を向けて走っていった。
蓮華 「空!」
蓮華は叫んだが空は振り返ることはなかった。
○空の自室のベッド(夜中)
空は度重なる悪状況のせいでVRの世界から逃げるように現実に戻ってきた。
空 「なんか疲れたな。まさかAIに足元すくわれるとは思いもしなかった。」
空はさっと布団を顔までかけた。
○空の自室(朝)
朝礼に出ない社長を心配したsoraの社員から電話がかかってきた。
プルルルル。部屋中に鳴り響く着信音。
空 「うぅ、ん、もう朝か。いや、電話か。」
空はアラームと勘違いした着信音に起こされ、そのまま電話に出た。
清水 「社長!何時だと思ってるんですか。もう朝礼の時間ですよ。早くログインしてください。」
空 「そうか。悪い、今行く。」
目が半開きのままsoraにログインした
○sora内、会議室
空は30分遅刻で朝礼に参加した。
空 「悪い、遅れた。おはよう」
清水 「おはようございます」
新井 「社長が遅刻なんて珍しいんじゃないですか?」
小松崎 「言われてみればそうですね。どうしたんですか?」
空 「これは会社の運営にかかわることだから言っとかないとな。」
清水 「え、そんなに深刻なことがあったんですか?」
空 「端的に言うと、こないだ追加したAIの三浦海斗が暴走した。ついでに蓮華も盗られた」
柳田 「どういうことですか?!」
空 「先日のエラーを起こしたのは三浦海斗だった。昨日本人に会った時にあいつの口から直接聞いた。しかも蓮華とできていた。」
新井 「えーと、急展開過ぎてますますわけがわからないですね」
新井は苦笑いしながら困ったようにしていたが、空は動じずに淡々としゃべり続けた。
空 「これは単純に俺のミスだが、おそらく海斗を作るときにAIに恋をできる設定で誤ってプログラミングしていたんだ。そのままキャラとして追加されたあいつは蓮華と出会い恋をした。でも蓮華は…」
清水 「もう大体わかりましたよ。それ以上は言わなくて大丈夫です。」
明らかに普段と様子が違う空を気遣うように話を折った。
柳田 「じゃあ海斗のプログラムを書き換えれば良いんですよね」
空 「いや、おそらく無理だ。」
新井 「だって、作ったのは社長ですよね。てことは、プロ…」
清水が新井の話を割ってしゃべり始めた
清水 「今回のやつは社長の最新作で今までのモデルと比較してもスペックがかなり高い。学習能力もそこらの奴とは一味も二味も違うだろう。」
空 「あぁ、soraだけじゃなく蓮華のセキュリティーロックも書き換えられてた。これだと直接手が加えられない上にこのsora自体をリカバリーしない限りあいつを止めることは不可能だな。」
新井 「初期化するってことですか??でもそんなことしたら。」
空 「そうだな、海斗を消去できるが確実に蓮華も消える。」
新井 「そんな…もしそんなことしたら本末転倒じゃないですか。」
空 「これは俺の理想から始まったことだ、しかし商業化してしまった今、そんなことしたら利用者が黙っていないし、お前たちを路頭に迷ませることになる。だからそんなことは絶対にできない。」
柳田 「じゃあどうするんですか。」
空 「プログラムを動かせない今、直接海斗に交渉するしか方法がない。このままあいつにsoraを乗っ取られたままだと運営にかかわる。それに…」
空は、そこで言葉を詰まらせた。
清水 「社長?」
空 「もういいんだ、この一件で目が覚めた。いい大人が現実から目を背けてAIに恋するなんてさ。」
清水 「僕はAIと付き合ったり結婚する人がいても悪いとは思わないですよ!」
空 「そうだな。でも俺は逃げてたんだ。」
空は過去を思い出すように天井を見上げた。
〇空の通っていた高校の教室(過去・回想)
空は高校二年生当時、同じクラスだった山崎舞奈に恋をしていた。ある時、友人を通して舞奈が空を好きだという噂を聞いた。
空 「ごめんね、いきなり呼び出して。」
舞奈 「いいよ。でも部活あるから早めにしてね。話って?」
空 「じゃあストレートに言うね。」
それは空にとって誰かに向けた初めての気持ちと言葉だった。
空 「好きです。付き合ってください。」
窓から吹き込んだ風にあおられ壁の時計が落ちるのと同時に返事は返された。
舞奈 「ごめん(ガシャン)」
空は物音と受け止められない返事に混乱し、つい聞き直した。
空 「え…?」
舞奈 「いや、彼氏いるしごめんねって…」
時間が止まった。あれ、おかしいな。そう思いながらも
空 「そっか。わかった。」
とだけ言い教室をあとにした。
これは一週間後にわかった話だが、空は嘘の噂に騙され、はめられたのだ。しかもそのことが学年中に知れ渡り、あれやこれやとありもしない噂が広がった。
〇sora内、会議室
空は自分がVRにのめりこんだ経緯を話した。
空 「それから転校した。俺は周りの奴らを信じられなくなった。人に恋をするのが怖くなった。だって、人は裏切るから。」
柳田 「……。」
空 「その時俺は思ったんだ。VRでAIと恋をすればすべて思い通りだと。そこから一年、ひたすら勉強して蓮華を制作した。友達もほとんど作らずにな。」
椅子から立ち上がり外を眺めた。
空 「そしてここまでのものを俺は作り上げたんだ。けどVRでさえこのザマだよ。結局世の中絶対なんてないんだ。ただの絵空事に過ぎなかったんだよ。」
重い空気に社員は誰も喋ろうとはしなかった。いや、話す言葉が見つからなかった。
空 「あー、ごめん!お前たちは気にしないでくれ。これから海斗に俺が蓮華をあきらめる代わりにsoraを元に戻してもらえるように頼んでくる。」
柳田 「いいんですか。本当にそれで。」
空は数秒経ってから一言こう言った。
空 「いいんだ。」
〇海斗の部屋(昼)
海斗は蓮華とともに部屋でテレビを見ていた。
「三浦海斗!」
外から誰かの声に呼ばれた。海斗は玄関を開けた。
海斗 「何しに来たんですか」
空 「大事な話がある」
海斗 「蓮華なら返しませんよ」
海斗は少し眉間にしわを作りながら言った
空 「あぁ。わかってる。それを踏まえて聞いてほしいことがある。」
蓮華が廊下の奥から二人の様子を見ていた。
海斗 「なんですか」
空 「soraを俺たちが管理していた元の状態に戻してほしい。」
海斗 「嫌ですよ、だってそんなことしたらまたあんたが…」
空は準備していたかのように食い気味に話し始めた
空 「ちゃんと条件がある。」
海斗 「条件?」
空 「俺はやろうと思えばsoraをリカバリーすることだってできる。そしたらお前も蓮華も消えてなくなる。」
海斗は唇を噛んだ。
空 「だが、俺は蓮華を消したいわけじゃない。お願いだ、一日だけ蓮華と過ごさせてくれ。それで蓮華をあきらめる。その代わりにsoraの管理権を会社側に返してくれ。そしたら俺は会社から出ていくし、もう二度とお前たちに干渉しない。」
海斗 「嫌だって言ったら?」
海斗は空の様子を窺うように聞いたが、空は堂々としていた。
空 「その時は容赦なくsoraを消す。」
海斗はしばらく考えた
海斗 「…わかりました。明日の正午までに戻ってきてください。それでいいですか。」
空 「ありがとう」
海斗は手招きで蓮華を呼んだ
空 「蓮華、ごめんな」
空のその一言には様々な気持ちが込められていた。
二人はそのまま並んで歩いて行った。
〇sora内、空の部屋(夜)
空は思い出作りとして、蓮華を連れて様々なところに行き、最後は一番多くの時間を過ごした部屋で過ごすことにした。
空 「蓮華はもう俺の事好きじゃないんだよな。」
蓮華 「それがね、不思議な気持ちなの。今は海斗の事が好きなはずなんだけど、空を好きだった気持ちはちゃんと残ってるの。」
空 「そっか」
空は複雑な気持ちでいっぱいだった。蓮華も自分の気持ちがわからなくなっていた。
蓮華 「空。ありがとね。」
空 「え?」
蓮華 「だって、空がいなかったらこうやって私という存在がいなかったわけだし、今まで過ごした楽しかった日々もなかったんだよ!」
蓮華はとびっきりの笑顔で笑っていたが、目からは涙が流れていた。
蓮華 「あれ、涙が止まらないや。もう、この気持ちよくわかんないよ。」
空 「俺も涙が出てきちゃった。」
蓮華 「へへ」
二人はお互いの泣いてる顔を笑顔で見つめあっていた。
空 「でも、俺の涙はVR上では再現されたアバターの映像でしかないんだよな…あぁ、同じ次元で出会いたかったって思うよ。本当に。」
そうつぶやくと空は蓮華の頬に優しくキスをした。しかし、そのキスは形だけで感触はない。
空 「やっぱ、触れられないんだよな。」
蓮華 「そうだね。それでも私はずっと楽しかったよ!ありがとう。空。」
空 「うん。俺、蓮華のこと絶対忘れないから。」
蓮華 「当たり前でしょ!忘れたら許さないからね。」
それから二人は尽きることのない7年間の思い出話をひたすらに語り合った。
〇海斗の部屋の前(正午)
空は約束通りの時間に蓮華を連れて海斗の部屋の前に来た。
空 「もう後悔はない。」
海斗 「そうですか。なら良かったです。管理権はしっかり返しておきましたのでご心配なく。」
空 「そうか。ありがとう。」
そして空は海斗の目をまっすぐ見て言った。
空 「蓮華を泣かせたら許さないからな。」
海斗 「はい。」
刹那の沈黙の後、空は吹っ切れたように表情を変え、蓮華に向かって右手を突き出しピースをした。
空 「元気でな。蓮華」
蓮華 「うん。空もね」
蓮華も最高の笑顔とピースサインで返した。
〇港区六本木交差点(昼間)
空が事業から退いてから半年ほど経っていた。家賃を払い続ける余裕はあったが仕事のあてもなくただぼーっとする毎日が続いていた。
空N 「(貯金はあるけどそろそろ働かないとまた親に怒られるな。)」
そんなことを考えながら青になった信号を渡り始めた。
(ドンッ)
空は反対から歩いてきた男性とぶつかってしまった。
空 「あ、すいません。」
男 「いえ、こちらこそ。すい..あれ、社長?」
空がぶつかったのはかつての部下清水だった。
清水 「天草社長じゃないですか!お元気でしたか?」
空 「ん?清水か?!」
信号は既に点滅していた。
空 「ひとまず歩道まで行こう」
二人は歩道で話し始めた。
清水 「まさかこんなところで偶然会うとは思いませんでした。」
空 「そうだな。元気だったか?」
清水 「はい、勿論元気でしたよ!そんなことより社長に会ったら伝えたかったことがあるんですよ」
空 「社長呼びはもうやめろって」
否定していたがどことなく嬉しそうだった
清水 「いいじゃないですか~、他の呼び方なんてないですし」
空 「まぁいい。それでなんだ?伝えたいことって」
清水 「あ、はい。えっと、今はお仕事されていますか?」
空 「してないな。」
清水 「じゃあちょうどよかったです。アライドアーキテクツはご存知ですよね?」
空 「あぁ。マーケティングとかやってる老舗IT企業だろ、それがどうしたんだ?」
清水 「最近私の友人が社長になったんですが、空さんのプログラミング力を筆頭としたIT技術に惚れこんでいて是非うちで働いてほしいって言ってるんですよ。」
しばらく二人は路上で話し込み、結果的に空はアライドアーキテクツに身を置くことにした。
〇アライドアーキテクツ社内
清水にばったり会ってから二週間後。空の出勤初日。空はWebソリューションチームに配属されていた。
板倉 「初めまして空さん。私がWebソリューションチームプロジェクトマネージャーの板倉大河です。」
空 「天草空です。よろしくお願いします。」
空はプロジェクトマネージャーとあいさつしたのち、自分のデスクでプロジェクトに目を通していた。
⁇ 「初めまして、あなたが新しく入った方?」
話しかけてきたのはデスクが隣の女性だった。
空 「天草空です。よろしくお願いします。」
橋本 「なんか固いぞ新人!私は橋本里奈ね。25だから同い年だよね、よろしくね」
空 「あ、うん、同い年ですね」
少し照れくさそうに答えた。なぜなら橋本は現実で久々に見る空の理想の女性だったのだ。
橋本 「敬語じゃなくていいって、同い年なんだから!」
空 「そうだな、そうする!」
空は笑顔で答えた。
その笑顔は過去のしがらみを忘れ、現実への希望で満ち溢れた表情をしていた。
(完)