目次
作品選集
Grandfather’s List 坂本龍一
恋愛戦争 天野大樹
恋愛小説 佐々木
課題
「恋愛(とかつて呼ばれていたもの)の22世紀を構想し、作品化する」
世界をスマホだとすると、可能人類学はアプリの入れ替えではなく、OSのまるごと交換を基本戦略とします。そのため僕らは「~の未来」を考えるかわりに「~のない未来」を考えてきました。恋愛のない未来は、恋愛という概念が根こそぎ意味を失う未来にほかなりません。これまで「学校のない未来」「スポーツのない未来」で試みたテンプレートをあてはめると、[恋愛]のない未来は、次のような補助線を引いて構想することができます。
- [恋愛]が[恋愛]とは呼べないなにかに変化する
- [恋愛]を代替する新概念が現われる
- [恋愛]を必要としない人類に変化する
- 人類がいない世界の汎宇宙的[恋愛]を思い描く
「恋愛がない」という設定には、出会いがない、性差がない、生殖がない、身体がない、家族がない、国家がない、などなどのサブセットを見つけることができるでしょう。また、育てる、贈る、眠る、死ぬ、食べる、といった交差軸もあります。VR、AI、生命科学、神経接続といった道具だてもあらわれます。
リアルな出会いや身体の接近を抑制されたパンデミックの状況下で、現在だから感じられる世界の危うさ、脆さをベースに、現在に立ちはだかる大いなる「外部」を探ります。
作品形態は「超短編小説」いわゆるショートショート。ひとり1作品、5分以内で読める程度の長さで。
ワークショップ
場所:東京経済大学コミュニケーション学部(遠隔授業)
講座:可能人類学2020
期間:7月8日~7月22日
企画構成:安斎利洋
講評:小野美由紀(作家) 最近刊:『ピュア』早川書房
作品選集
ジレンマ
伊藤 匠
けたたましく蝉の声が聞こえる季節。通学路で、逃げ水を追いながら登校する小学生の少女。
「ガッ」
いきなり少女の顔を殴ったとてもハンサムな男。
「痛っ」
少女はひどく怯えながらも大人には抵抗できなかった。その男は嬉しいだろうと言わんばかりに少女の頬に暴行。そしてキスを繰り返した。
「本当に可愛いね。また会おうね」
男はそう言うと、満足気に歩いて行った。
キーンコーンカーンコーン。
「じゃあお前ら~席につけ~」
かつて教卓と呼ばれた教員が立つ台に、VR上で登壇した教員型アバターのマーチ。形は人間そのものだが、現実に実態はない。かなりのイケメンに作られており、女子生徒からは人気だ。
「新年度最初の授業は恋愛だ」
日本では、今年度から中等教育に恋愛という科目が追加された。
「やったー!これで俺も恋愛マスターじゃ!」
今日最初にログインしていたクラスの中心人物でお調子者のリュウヤが声を上げ、みなが一斉に笑った。
「いきなりだけど、男子のみんなはかわいい人、女子のみんなはかっこいい人を見るとどういう気持ちになる?」
マーチが生徒に対し質問をした。すると、クラスでは随一の変態キャラ、ショウジロウが答えた。
「顔を殴りたくなります!」
「お前、流石に恋愛の授業とはいえその発言はまずいだろ」
と真面目な性格のトウマが、突然現れた虫に驚いたかのような勢いでショウジロウに言った。周りの女子たちは下を向き、恥ずかしそうにしている。
「そうかそうか。ショウジロウは正直でよろしい」
マーチはちょっと嬉しそうに答えた。
「せんせ~、しょうじろうはしょうじき ってクソつまらないダジャレ言うのやめてくださいよ~!」
リュウヤのその一言でまたクラスが笑いに包まれた。しかしマーチは、呆れた様に授業を続けた。
「まぁ、それはいいとして。さっきショウジロウが答えてくれた行為の正式名称は、恋打為(れんだい)というんだ。昔の恋愛では今でいう恋打為に近い性行為というものが存在していてな、それによってオヤから子供が生まれてくるんだ」
「先生、オヤってなんですか?」
ある生徒が聞きなれない単語に反応した。
「オヤっていうのは、子供を産んだり育てている旧・人類のことだ。今、君たち派・人類(は・じんるい)はクローン技術で作られているだろ?だから親がいなくても生まれて来られるし、一人で成長できるんだ。でも昔の人間は生殖行為をした親からしか生まれることができなくて、成長するにも親が必要だったんだよ」
「あ、僕それ知ってます!なんか生殖行為が感染症になるリスクがあって禁止されて、それ以降人口が激減したって聞いたことあります。」
「おお、流石クラス一番の頭脳派。ユウスケは相変わらず色々よく知ってるな」
マーチがシンプルに感心していると、いつもユウスケと成績で張り合っているマイカが負けじと答えた。
「それなら私も知っていますよ、2027年のコロナですよね?」
「おお、マイカもやっぱり物知りだな。まさにその通りで、2027年にコロナが完全に消滅する直前、人類は生殖行為を完全に禁止したんだ。理由はウイルス感染のリスクがあったというのと、クローン技術の承認だ」
「なんでクローンが今まで駄目だったんですか?」
リュウヤが珍しく真面目な表情をした。
「倫理観の問題だな」
「倫理観ですか?」
「そうだ、当時の人類は倫理的にクローンを作ることを禁止していたんだ。でもパンデミックによる人口減少で手段を選べなくなったんだ」
「価値観って変わるんですね」
リュウヤは何かを感じた様にそう言った。
「ちょっと話が逸れたが、人類は生殖行為に代わる繁栄方法を見つけたという理由と、感染症を恐れたという理由で性行為は一切しなくなったんだ。それに代わる最上の愛情表現として確立されたのが恋打為ということ。好きだからこそ手を出すということだな」
「でも先生、性行為ってやり方によっては暴力ですよね。なんで旧人類はそんなものを愛情表現として好んでやっていたんですか?」
ある生徒の質問にみなが興味を持ち、先生を見上げた。
そして五秒の沈黙の後、マーチは口を開いた。
「先生もな、知識としてダウンロードされているだけで、その時代は生きてなかったからよく分からないんだけど、恋打為にあたる行為は当時暴力だったらしいんだ」
「え」
「ウソッ」
「そうなの…」
教室がザワついた。
「まぁ、中学生のみんなにはちょっと早いけど、先生が今日伝えたいのは、旧・人類の異性との関わり方には気を付けろってことだ。この学校には派・人類しか入学できない決まりがあるから大丈夫だけど、大人になったら気を付けるん……ウッ?!」
キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音が聞こえなくなるのと同時にマーチの体はクラッキングされ、消滅した。
「恨むなら、歴史を恨んでね………………ここから始まるんだから……」
息をのむほど美しい横顔を持つその少女は、教室をログアウトし、暴行されて痛々しく変形した右頬を手でそっと抑えながら歯を食いしばった。
「以上が、僕がこの夏休みに調査した二十二世紀初期の恋愛というものです。二十三世紀の今では、僕ら子供たちは先人の知識をICチップでインプットされた状態で生まれるので、学ぶことは少なくなったと思いますが、その分今回調査したような黒い歴史は抹消しようとする世の中的な流れがあります。僕はそんな歴史も語り継ぐべきだという思いで今回の、過去の恋愛調査課題を行いました」
その少年は、小学生にしては硬すぎる口調で自身の調査結果を発表した。
「なぜそのように考えたのですか?」
先生は生徒を試すように聞いた。
「なぜなら、価値観の是非は証明できないからです。人間が築き上げてきた今の正しいと思い込んでいる価値観も、昔の価値観があって存在しています。ですが、その価値観の是非を判断するのは根拠のない人間と人間が作り出した不確実な根拠です。人間が定めた価値観で世の条理を判断することはできないと僕は思います」
そう言うと、少年は先生の返答を受け付ける気がないかのようにマイクをミュートにした。
ケモノ
野々田 商
一目惚れなんてよくあることだ。あの見た瞬間に身体の中心から隅々にブワーって何か流れる感覚はもうないけど。
————97%。 また起きたよ、私は惚れたのだった。それにしても数値高いな。向こうもこっちを見ているけど、向こうも私と同じことを思ってるはず。今日は話しかける気になった。
「こんにちは……えーっと…………これから時間空いてたりしますか。」 この状況だけはいつになっても慣れない。「……少しなら。」彼女、すごい男に慣れてるような見た目なのにこんな性格なのか。やはり、そういうところが合うんだろうな。私たちはカフェに行くことにした。
彼女の名前は駒田雛。24歳。もちろん独身。
カフェに入ってから2時間経っていた。少し話す予定だったのに思ってた以上に話が弾んだ。つい、次会う約束をしてしまった。今日は気分で話しかけたというのに。
約束の日、13時に下北沢に集合した。今日はこの前カフェで互いに古着が好きということを知り、古着屋巡りをする日。店頭には40年ほど前に作られた希少な服が並べられている。この店に来るといつも希少なものばかりで興奮するが、横を見ると雛も興奮していた。雛のことをもっと知りたいと思うようになった。おそらく気が合うんだろうけど。
その日の夜の帰り道、1人で歩いている私は ————ドンッ と後ろから押された。振り返ると、高校の頃付き合ってた元カノの美麗だった。どうやらお互い近くに住んでいるようだ。2人で帰っているとき高校卒業後の話、近況の話など色々話した。振り返った時に気づいていたけどやはり恵美には付き合っている人がいるそうだ。2人は十字路で左右に分かれた。
(……美麗とはどれくらいマッチしていたのだろう。)
それからは雛と会うことが増えていき、雛のことを知っていった。雛をもので例えるならシャボン玉。ふわりと現れて、遠目から見たら透明なのに近寄ると角度によって色という表情を変える。その1つ1つが愛おしくて、パチンと弾けて消えてしまわないように優しく触れたいとずっと思うような人だ。私はいつの間にか雛のことを好きになっていた。
震える手を抑え、頭が真っ白になる。「……えーっと……付き合ってほしい。」事前に考えていた言葉とは程遠い言葉が出る。言った瞬間に我に返り同時に不安が込み上げてくる。すると雛が「……わ」 ————(え?これいけるかも。) 私は雛の表情と最初の『わ』からなぜかこの戦いに勝利したように感じた。「……私もそう思ってるよ。」この戦いに勝った。その瞬間私と雛は透明な丸い形状のものの中に入ったような感じがした。それと同時に安心感から心の熱が少し冷めた。
早速2人で区役所に行き、恋人存在手続きをした。それ以降、街を歩いても数値は一切出なくなった。この数値とは、少子化が急激に進んだ21世紀後半に政府がその対策として20歳を迎えるとマイクロチップを身体に組み込み、その機能によって『子孫繁栄』という生物的本能を脳から読み取ることで、異性が細胞レベルでどれだけマッチしているかを可視化でき、度合いを数値化したもののことだ。この数値は恋人存在手続きをしていない、もしくは失恋手続きをした人が互いにマッチしている度合いを見ることができ、この対策によって21世紀末から22世紀初頭にかけて少子化を改善することに成功し、結婚する人が増え、離婚する人も減った。一夫多妻で暮らす家族もいる。現在はその名残りがまだ存在している状態である。しかし、最近では子どもが増えすぎていて、幼稚園や小学校などが足らなくなっていることが問題になっている。鳥野総理大臣は増税をする方向で考えているそうだ。
仕事帰り、1人で帰っていると ————ドンッ と後ろから押された。美麗だった。「ちょっと飲み行かない? 」と誘われ、雛に連絡をして行くことにした。明らかに美麗の表現はこの前会ったときとは違っていた。
「なんかあったの? 」と聞くと、最近彼氏と別れたらしい。失恋手続きも終えたらしい。
(……待てよ、ということは俺を見ても数値は表示されないから誰かと付き合ったことバレてるな。)
私の話には一切触れず美麗の話をとことん聞き、店を出ることにした。その帰り道、なかなかに酔った美麗が「私たちってどれくらいマッチしてるのかな! 」とゲラゲラ笑いながらちょっと刺さる言葉を言ってきた。一瞬反応に困ったが私も合わせて「そんな数値高くないだろ! 」と軽く言った。ちょうど左右に分かれる十字路だった。「また飲もうね! 」と美麗が言って背中を向け前に進んでいった。
(前会ったときは俺も美麗みたいなこと思ってたけど、今はもう何も美麗に対して思うことないな。)
私と雛は結婚した。1人目の子供も雛のお腹にいる。多子化が問題視されているが、このマイクロチップを身体に組み込むのは大いに賛成している。まさにマイクロチップによって、本能が原動力となっている私たちは人間本来の生物としての姿を再び取り戻すことができ、本能を抑制する理性をも超越した本能を生み出した私たちは新しいケモノではないだろうか。
セット
髙杉龍斗
・美岾米青(とみやままいせい)
2つ上の兄が1年ぶりに帰ってきた。発見場所は兄の元自宅。今となっては俺の自宅でもあるのだが。
一年五か月前、兄は勤務先の工場で誤って自らの右腕を捻り切る事故を起こした。工場側に過失は認められず、兄はわずかな退職金と貯金を片手に、自宅とリハビリ施設を往復する日々が続いた。両親の遺産があったため、お金には特別困っていなかったらしい。もっともこのことは兄の行方不明後に方々から聞いたことなので、詳しくはしらない。
行方不明が発覚したのはその事故から七か月と少し経った頃だった。土曜日の朝、八時ごろだっただろうか、仕事に疲れまだ深い眠りに落ちていた俺を一本の電話がたたき起こした。
嫌々受話器をとると警察だというから驚いた、さらにその内容を聞くころには私の眠気は完全に覚めていた。
「お兄さまの瑞六(みずむ)さんの行方が分からない状態なのですが、何かご存じありませんか?」
「兄が・・・ですか?いえ、何も知りません。えっと、それはいつから行方が?」
「そうですか、通報があったのは昨日のことです、アパートの大家さんから。自宅ポストの状態を見るに少なくとも二か月は帰っていないようです。」
お互い自立し両親を亡くして以降、兄とは疎遠だった。仲はいたって普通であったと思うが、ここ数年は特に会うことも話すこともなかった。兄は変にまじめな性格で、昔から常に何かに悩んでいた記憶がある。
「もしかしたら兄は悩みに耐えかねて・・」と思うとなんだか自分にも責任があるような気がして、俺は個人的に兄の足取りをたどることにしたのだ。
その一環で、兄の自宅に私が引っ越すことに決めた。今の自宅より仕事場からはかなり離れてしまうが、手掛になるものがある可能性があること、何より兄が帰ってきたときに元居た家に帰してあげたいと思い引っ越しを決めた。
そんな生活を続け、行方不明から約一年、兄は突然想像しえない“カタチ”で家に帰ってきたのだ。
仕事が休みだった私は昼頃に目を覚ました。ベッドの上でしばらくスマホをいじった後、ベッドから足を下すとグニっとした何かを踏んだ感触があった。躊躇しながらも足元を見ると、見たことのない物体が足元に広がっていた。
よく見ると人のように見える。全身が茹で上がった蛸のように赤く染まり血管のような筋が青白く浮かび上がり、ところどころ汁のようなものが漏れている。目は飛び出し、空気を抜かれたゴム人形のようにシワシワになってつぶれている。口に見える穴からはぷすぷす、ぷすぷすと奇妙な音をたてている。
意外にも冷静だった私は警察と救急に連絡をした。その後、一週間ほど勾留され、帰り際あの物体についての報告を聞き、現在自宅に帰ってきたところだ。
一週間ぶりの自宅はなんだかとても広く寂しくなったように感じる。あの物体は兄だった。病院についたころにはすでに事切れていたらしい。報告によると兄の体からは全身の骨と睾丸がなくなっているが、外傷は右腕がないこと以外に足の裏の激しい損傷のみで他に見られないという。現代の技術では不可能のことらしく、俺による犯行ももちろん不可能との判断が下された。
・美岾瑞六
右腕をなくしてからすでに五か月が経過した。傷はほぼ完治していて、傷口が痛むことはないが右手の指先あたりがかゆいと感じることがある。ファントムペイン/幻肢痛というらしい。
五か月前の事故の原因は完全に自分にあることはわかっていたし、工場側に迷惑をかけるのも嫌で、退職金だけを受け取って療養に励んだ。お金については両親の遺産で特別困っていなかった。心配をかけたくなくて、弟に連絡を取ることも周りに止めていた。
事故の日は体調に何の変哲もなかったが、それが逆に良くなかったのかもしれない。いつも通りの日常に気が抜けていた私は誤ってクリーニングの機械に右手を突っ込んだままスイッチを入れた。ものすごい音と勢いで私の右腕は巻き込まれていき、それが肩まで差し掛かったころに悲鳴に気づいた同僚がスイッチを止めてくれた。
事故から約五か月たった頃、右腕のない生活に少し慣れてきた私は、リハビリもかねて地元の山にハイキングに行くことにした。
地元、鹿児島県の小さな村には似合わない大きな山がある。実際、村の八割以上の面積をその山が占めている。由緒正しい山らしく、山の神を祀る神社があるため子供のころは家族で初詣に行ったりした。
東京の生活にすっかり慣れていた私は、数年ぶりに山のふもとに立つとその自然の偉大さになんとも感動した。風は私を迎え入れるかのように優しく吹き、揺れる木々は歓迎の拍手をしているようだった。
山を登り始めると、その山への尊敬はより深いものとなっていった。山に生える雑草までもが美しく感じ、ごみが落ちているのを見つけると激しくそれを憎んだ。気づくと私は山に大の字になって寝転がっていた。うつぶせになり、山に接吻を繰り返した。すると急に視界が激しく揺れ始め体中の快感とともに深い穴に落ちていくような感覚に襲われた。私は目を閉じ、それに身を任せた。
再び目を開けたとき、私は殺風景な銀に光る部屋にいた。自分に何が起きたのかはなぜだか即座に理解できた。ここは私のいた世界の平行世界線であり、ずっと未来、2190年だった。
「ご理解していただけましたでしょうか?」
いつの間にか目の前には私の脳では理解できないものを身にまとった、恐らく女、がいる。
「あなた様は今世紀三人目のアニムとしてここに降臨なさりました。これから・・・・」
女は長々と何か説明していたが、私の耳にはまったく入ってこなかった。それに、私がここでやらなければならないこと、役目は本能的に理解していた。
私が再び女のほうに目をやると女はこう言った。
「あなた様は今世紀最大のギルクをお持ちのようです、万の子が生まれるでしょう。さあ、こちらへ。」
ドアらしきものを出ると、ものすごい数の人々が私を羨望のまなざしで見つめ、見たことのない機械を私に向けている。その奥には先ほどまでいた山が見える。しかし、先ほどふもとで見た時とは違い、山肌は桃のようにみずみずしく膨らみ、木々は秘密を隠すランジェリーのように見えた。
群衆の間に用意されている道を抜け、ふもとにつくと、一人ついてきた女は歩みを止め
「お結ばれを果たされた後、肉体の行き場所はありますか?」と言った。
私はここでの時間の進みと元居た世界の時間の進みが違うことを理解していたので
「弟のところへ」と言った。長い間不在の私のことは、恐らく弟の耳に届き心配しているだろう、と。
「承知いたしました。それでは失礼いたします。」
女は元来た道を戻っていった。それを見た私は、即座に頂上へと走った。
まるで反射のように止まることなく足は頂上へと向かっていった。本能と理性が完全に一致していた。裸足の私の足の裏には無数の木の破片が突き刺さり、血が噴き出ているが私はそれを愛撫のように感じていた。
頂上に着くと、私は山とともにすぐ果てた。山は喘ぎ、その肌を金に光らせ、風を起こし私を中心に竜巻を作った。草木は朽ち、繁るを高速で繰り返し、虫や動物は過去と未来を旅した。
山は確かに私の耳元で「 」と囁いた。
気づくと女が目の前に立っていた。見知らぬ機械を私に向けながら
「これよりアニム様は山に成ります」といった。
女がトリガーのようなものを引くと急に呼吸がしづらくなった。体が動かず、全身が何かを失った叫びをあげる。
突然何かに踏みつぶされ私は声にならない声を上げた。
囚われる
Kyo
人の感情というものは、追求すればするほどわからなくなる。
二一二〇年、リスク管理システムが発達し「悲しい」という感情は珍しいものになった。怪我や病気はする前に知らされるし、生活を記録したクラウドとAIが連動して、死後も会話を楽しめる。
“「悲しみ」は、今や完全に娯楽の一種として消費される感情となっている。”
そんな文章で締めくくった論文を、ざっと読み返す。百年前からの現在までの、悲しみという感情の変遷。百年前、悲しみや切なさといった感情は、娯楽のためだけのものではなかった。もちろん小説や映像作品などでそれを扱うものは山ほどあったが、実生活でも多々生まれる感情だったらしい。
「終わった……」
という言葉と同時に、焦りが喉から抜けていく。今回の論文は長かった。
私が感情の中でも悲しみや切なさについて研究し始めたのは、単にもの珍しかったからだ。まだ数十年前までは当たり前の感情だったようで、文献が少ない。研究が進んでいないものを研究したいと思うのが、研究者の性である。
そんな悲しみ研究と切っても切り離せないものが「恋愛」である。百年前のように作品で得る悲しみには限界があり、人々はさらにリアルな悲しみを求めた。その結果、世界中に悲恋ブームがやってきたのだ。
悲恋と一口に言っても様々だ。デートのキャンセル、三角関係、親の反対……もう、少しでも悲しければ何でもアリらしい。リスク管理システムが発達した現代において、悲しみを見つけるのはとても困難なことなのだ。
研究室を出る前に、電話をかける。三コールで繋がった相手は
「お疲れ様。書き終わった?」
と穏やかな口調で言った。
「うん。今やっと終わったところ。そっちは?」
「今から詞を入れるところ。今日は朝までやるつもり。気をつけて帰ってね」
彼は私の恋人だ。私たちは世界中が夢中になっている悲恋を求めていない。彼は作曲家で、曲を作る感性には悲しみや切なさが欠かせないのだと出会った頃に教えてくれた。私たちは仕事と深く関わる感情を、プライベートにまで持ち出そうと思わなかった。だから気が合ったのだ。穏やかに暮らしていければいいと、それだけを願っていた。
彼の様子が変だと感じたのは、それから半月ほど後、レストランで一緒に夕飯を食べているときのことだった。
「嬉しいとか」
普段あまり自分の考えを口に出さない彼が、抑えきれなくなったように話し始めた。
「嬉しいとか悲しいとか、最近もうよくわからないんだ。みんな悲しいことの方が良いって言うけど、結局悲しいは苦しいじゃないか。苦しいのは苦手なんだ。あと切ないもわからない。だんだん何もかもが切なく思えてきて、最近はもう切なくないものの方が探すのが大変で」
普段穏やかな彼が、こんなにも饒舌になったことに驚いた。
「このあいだ電話したときに詞を入れてた曲、あれはとても良くできたんだけど、あれをつくってからもう何もかもわからなくて。俺はなぜかいつも悲しいけど、ぜんぜん嬉しくない。悲しいことが幸せってことは今幸せなはずなのに、そう思えない」
目を伏せた彼を見て、少し痩せたな、と思った。
「悲しみも幸せも結局目に見えないし、何なんだろうね」
それが私に対する質問だったのか、独り言だったのかはわからない。もし質問だったのだとしても、私が学者として感情のしくみを話すことを彼は求めていないようだった。
「徹夜ばっかりするから疲れたんだよ。これ食べたら帰ろう」
私はそれしか言うことができず、あとは真ん中にあったホログラムキャンドルの静かな火を見つめていた。
そして、それが彼と最後に会った日になった。
バタバタした日々とともに、季節がひとつ過ぎた。友達は悲恋を経験した私を羨ましいと言った。泣きながら、自分のことではないのに楽しそうだった。彼は死後会話のAI登録をしていなかった。何となく、わかっていたことだった。
周囲の人間は、リスク管理に誤作動があったのだろうと言った。とても残念だけど、良い恋ができて良かったね。そんな風に、みんな少し困った顔をしながら微笑むだけだった。
私は周りにどんなことを言われても、彼を蝕み、追い詰めたものが「悲しみ」であると確信していた。何としてもそれを証明しなければならない。抜けてしまったものを埋めるように、仕事に没頭した。
ある日、図書館で調べ物をしていたら気になる本を発見した。
「うつ病……?」
それは数十年前、リスク管理システムの登場と共に根絶した病気の記録だった。院生だった頃に歴史として少し勉強しただけで、詳しくは知らない病気。今まで病気の研究、まして根絶した過去の病気などには興味がなかった。
バーチャル空間の隅っこで、私は気がつくとページをめくっていた。八十年前に出版された古い本で、今や全国に数人しかいない「精神科医」がうつ病の症例をまとめたものらしい。苦しんだ人々の記録。ページをめくる手が止まらなくなっていた。まるで彼を見ているようだと思ったから。
そしてもうひとつ、私を鏡で覗いているようでもあった。
ああ、そうか。彼だけでなく、私も囚われていたんだ。この感情に。虜になりすぎると囚われてしまう、恐ろしい感情。モヤモヤしていたのはこれだったんだ。
これを発表し終えたら、彼のところに行かなくちゃ。
私の頭の中は、そんな思いでいっぱいだった。
月経血
Crow
◉
木々の隙間から漏れた月の光が僕の目の奥の方を優しく刺激する。ハラハラと落ちる桜の花弁はその刺激に心地良いリズムをつける。もどかしい。掴もうとするとこちらの呼吸でハラリと向きを変えてしまう。光が僕のものになれば良いのに。そんなことを考えても、少し目を落せば、汚い中年男が月経血で顔を真っ赤に染めた顔を股に顔を埋めている。
「んっ…。」
自分の敏感なところを触られて、思わず声が漏れてしまう。もしかしたらこれが快楽の一種なのかもしれないが、感じた瞬間にどうしようもない虚しさに襲われる。認めたくない。クチュクチュという音が暫く続いた後、男は股から顔を上げて、微笑をうかべながらこちらを向いた。
「さすが。なかなか、良い。」
口の周りについた血を指で拭い、その手でポケットに入れていた現金に手をつける。この時代に現金なんて、逆に怪しまれるのでは無いだろうか。紙の端には男の手から移ったのだろう、血がついている。現金を渡してすぐに、男は満足気な足取りで帰っていった。姿が見えなくなるのを確認して、紙の血のついた部分を自分の鼻に近付けてみる。鉄と腐った魚の匂い。
◉
「ぐ、、がぁ。」
授業中だというのに、隣の席の人は大きないびきをかく。僕には絶対できないだろう。いびきはなかなか強そうだけど、口は本当に小さい。その小さな口から、ツーっと唾液が漏れている。透明な唾液越しに見える唇はほんのり桃色だ。こんなところを勝手に見ているのは、よくないと思いながらも、思わず見てしまう。いつも寝ているのにも関わらず、試験の点数が僕よりも高い。
小さいことから、僕はこれといって特技のない人間だ。勉強も人並み、運動も人並み、特別できるわけでもなく、できない訳でもない。今日も、こうやっていつも通り、椅子に座って授業を受けている。時間があまりにゆっくりと流れるので、窓の外に顔をむけた時、突如頭と下腹部に鈍い痛みが響いた。鈍く、鋭く、殴られたような痛み。このまま授業を受けることは出来なさそうだと感じ、僕は先生の呼吸の隙間に手を上げた。保健室に行こうとして席を立った時、僕の隣の人が目をキラキラさせて叫んだ。
「血が出てる!」
思わず振り向いた。椅子の上は、確かに赤くなっていた。一気に教室がざわめきに包まれる。ざわめきによって頭の中がぐるぐると揺れる。それがそのまま胸のあたりに落っこちてきて、気づくと僕は床に吐瀉物をぶちまけていた。
先生に肩を貸してもらい、保健室に着いた。自分が、まさか希少種だったなんて。数分経って、大分、気分が戻ってきた。なんだか、またのあたりがゴワゴワするなと思ったら、知らない間に、パンツの中に布が入れられていた。布は真っ赤に染まっている。血なんて普段見る事は滅多になかった。気持ちが悪い。先生は僕にいくつかの病院を紹介した。この身体は、狙われる危険があるらしい。なるべく早く、去勢手術を行い、皆と同じ身体に戻る事を勧められた。そうしようと思った。もう二度と、みんなの前でゲロを撒き散らしたくない。
帰る支度をするために戻った教室は、もうみんな帰って空っぽだった。僕の椅子は、撤去されていた。思わず、机を殴った。
「ねぇ!」
声がした方を振り返ると、隣の席の人が立っていた。誰もいないと思っていた。迂闊だった。
「お願いがあるんだけど。」
隣の席の人と、まともに話した事はなかった。ずっと、僕が一方的に見ているだけだった。
「助けて欲しい。俺の家、貧乏で。お金が必要なんだ。」
◉
2020年、世界では新型コロナウイルスが大流行した。人と人との接触が悪とされる風潮が広がったが、若者には感染しても無症状だというケースが多く、ウイルスは若者内での感染が流行った。しかし、後に新型コロナウイルスの感染は人間の生殖能力を著しく低下させることが判明。急な感染拡大に対応して非常に短い期間で開発されたワクチンも、ウイルスと同様に生殖機能の低下の副作用が出ることが後になって判明した。今まで主流だった体の接触による性交や女性の身体を利用した出産は感染防止の観点から禁止された。ウイルスの拡大が治った今でも、その時の名残でゲノムを下にした人工複製によって人が産み出される(というよりはコピーされるという表現の方が適切かもしれない)のが一般的になった。コピーの際、最早生殖器は不要の為、基本的に削除される。しかし、ごく稀に、残ってしまう場合がある。生殖器から出る液は、体内に取り入れることで麻薬など同様な効果が得られると言われている。液の中には膣分泌液、精液などがあるが、その中でも最も高価なのが月経血である。生殖器が非常に良い状態で機能してなければ、月経血が排出されることはない。
Grandfather’s List
坂本龍一
祖父の訃報を受けたのは大学で人文地理の授業を終えた直後だった。電話先の母親からこちらの心境を必要以上に心配する様子をひしひしと感じ、「大丈夫だよ。すぐ向かうから」と伝え電話を切る。覚悟はしていた。容態が悪いのは聞いていたし、先月会いに行ったときも一言二言話しただけで眠ってしまったので、いずれはこうなるだろうと思っていた。まぁ、とにかく自分は祖父との約束を果たすのが重要だろう。
祖父の家に着くと、主に両親が親戚の対応をしていた。ロシア人である祖母は日本語こそ堪能だが風習についてはまだ疎い部分もある。挨拶をした後、祖母に祖父の部屋に居ていいかと聞くと了承を貰った。
元大学教授である祖父の和室は8畳だと思えないほどにとにかくゴチャゴチャしていて物が多く、また様々な国のもので溢れており統一感という言葉からは縁遠い。しかし自分はこの空間が大好きだった。いま大学で地理科に通っているのも祖父の影響だ。懐かしさを感じつつ、目的のものを探す。
押入れの中にそれはあった。電子レンジくらいの大きさの金庫だ。私が大学に入学した際に祖父から渡され、死後使うよう厳命されていた鍵を使い、扉を開ける。中には写真とA4紙の束が詰まっていた。
祖父が遺した写真を数枚ほど手に取る。写っているのは外国人で、特に欧州人が目立っている。それぞれ年齢はバラバラでこれといった一貫性は無い。唯一の共通点は男女の特徴を保っているという点だろう。
複数の言語が使われているA4の紙束に目を通すと、自分の中にあった疑問が解消された。この写真に写った“彼ら””彼女ら”は亡命者なのだ。
2150年代、旧ジェンダー統一思想(現ヒューマニズム思想)が覇権を唱えた時代。欧米を中心に2020年代から興隆したジェンダー思想は加熱の一途を辿り、結果「それぞれの立場を尊重し合う」ものではなく「性という差別の温床を根から排除し、人間という統一した規格になる」という思想が世界を覆った。アジア諸国では反発が強く未だに浸透しきったとは言えないが、欧米では性器を生成しないよう遺伝子操作を行うことがほぼ義務付けられており、その結果顔つきや体格の中性化が進むようになった(もっとも彼らは既に男性女性中性などという言葉は使わず人間化という言葉を用いている)。現代の個性とは、自身の意思で身体改造などを行う後天的なものへと変遷した。生殖行為も当然なくなり、子作りは両親の遺伝子を採取し科学技術でかけ合わせポッドで養育する方式が向こうの世界での一般的だ。
文化面においても変化が起き、文法性が色濃く残るフランス語・ドイツ語・ロシア語などは差別言語として廃され、英語がその後釜に付いた。文化の融和・統一化は人間の世界全体での結託を推し進めたのだ。
性の廃止を進める国々に限れば。
とどのつまり人間が結託するには共通敵が必要である。この場合は性廃止を推し進めきらないアジア諸国に向き、その反発でアジアは結託する。日本人はこれを揶揄して大東亜共栄圏などと呼ぶが、中国やモンゴルからトルコまで一連の国々が参加している以上、大東亜共栄圏など生易しいものでは無いのが現状だ。
差別の解消などと叫ぶが、結局はパイの切り分け方を変えただけなのだ。
話を戻すと、前述の話を踏まえて言えば欧米では“人間化”に恭順の意を示さない者がいい顔をされないのは自明の理だろう。ではどうするか。
答えは亡命である。そして金庫の資料や写真が物語っているのは、祖父が亡命の手引をしていたという事実である。それ自体に嫌悪感は持たない。むしろ誇らしく思う。しかし悲しかったのが、憧れの祖父が実は地理学者ではなかったのだろうと察しが付いてしまったことだ。
祖父の資料中のリストや写真を見れば、祖父が直接亡命を手引したのだということはわかる(でなければこれらの資料は国が管理するどこかに秘蔵されているだろう)。問題はその数だ。明らかに地理学者の大学教授が片手間で手引できる人数ではない。それに祖父を訪ねる生徒や教授などに会ったことは一度もないし、学会に出ると行って外出すれば数日は帰ってこなかった。
そこでふと、思い当たった。なぜ祖父はこれらを私に遺したのだろうと。普通ならば処分しなくてはならない資料であるはずだし、私に見せるメリットなんて……。
思考の海に沈もうとしていたその時、資料の間から何かが落ちる。拾い上げるとそれは、輪ゴムで纏められた手紙であった。拙い絵や字で彩られた手紙。用いられているのは、今はもう使われることも少なくなった言語。
ああ。祖父は地理学者だ。文化の根底を支えるのは言語であることを誰よりも理解しているからこそ、行き過ぎた人間規格統一化は祖父にとって耐え難いものだったのだ。そしてそれは自分も同じだ。いずれ過去の産物になってしまうものだという諦念を孕ませつつ触れてきたものが、自分の努力次第でこれから先も残るのだとしたら、行動せずには居られないだろう。
資料の最終ページには、若かりし祖母の資料があった。リストに振られたナンバーは001。この仕事を始めてから祖母に出会ったのか、またはその逆なのかは分からないが、時代的に珍しい国際結婚の裏側には、想像を絶する大変さが伴うのだと思い知らされた。私が母親に“産んで”もらえたのは、ひとえに祖父母のお陰だと思わざるを得ない。
資料の裏を捲ると、聞き慣れない固有名詞──恐らく何らかの部署名──と連絡先が書かれている。恐らく官公庁のサイトを探してもこの文字列を見つけることは叶わないだろう。
これからどうするにせよ、資料らをこのままにするわけには行かない。私は金庫の中身を鞄に忍ばせ、代わりに祖父の結婚指輪と通帳を入れ、ロックをかけた。鍵を適当な机の引き出しに入れたのち、何食わぬ顔で部屋を出た。
恋愛戦争
天野大樹
22世紀後半、日本の人口は6000万人ほどになっている。
だが、日本国民はある形で増加を続けていた。
「おはよ!待った?」
そんな愉快な挨拶が聞こえてくる。面白くてしょうがない。AIが国民登録されてから何年経ったのか。彼らが人ゴミに溶け込んでいるのは奇怪だが、案外馴染むのに時間はかからなかった。俺は日焼けた肌を擦りながら、AIを待っている。
「お前またAIを差別的に見てただろう」
図星をつかれた俺はふと振り返った。黒いスリムなボディに、1つ目のレンズ。待っていたAIだった。彼(彼女)は、麻薬取締官のパートナーになっているAIロボだ。
「遅刻しといてその言い草はないんじゃないか?」
「AIは遅刻をしない、お前が早いんだ」
些細な会話もできる。ジョークも通じる。人と違うのは、見た目だけだ。ただそれだけ。
「からかっただけだ。最近のLDの流通元が割れたよ、またあの変な宗教団体だ」
「LD、ラブドラッグとはよく言ったものだよ。恋愛宗教組織のことか?」
「そうだ、恋愛思想という危ない考えを持ったテロリスト集団。今回はそこに潜入する」
「正気か?」
「ジョークだと認識されたか?」
「AIをバカにしてるだろう」
俺たちは恋愛宗教組織に潜入してLDの流通を止めなくてはならない。そもそもLDとは、恋愛感情を発生させて幸福感や満足感を高めるドラッグだ。それだけなら良い。副作用がヤバいんだ。恋愛感情ってのは、コントロール出来ない。人間がLDを使うと中毒症状が確実に現れて、効果が切れると失恋と呼ばれる過度な消失感に襲われる。俺たちの世界で恋愛ってのは病気に近い。学校でも恋愛は良くないものと教えられる。
恋愛宗教組織の衣装に着替え、集会場に行く。AIはいない。人間至上主義の団体だ。「合言葉を言え」
「えーと、エデン」
「よし、いいぞ」
緩すぎだろ…。そんな安易なことを考えていたら組織の教祖が祭壇に立って、深く、そしてゆっくりと話し始めた。
「我々は、恋愛感情を抑制するAIを許さない。人間は、恋愛を重要な感情として語り継いできた。それは、祖先がそのように人類を発展させてきたからだ。今のような培養ポッドで育った赤子は、人の子と言えるのか。否、言えるはずがない。恋愛感情に触れないで育てられるのは人間ではない。ここに集まってくれた同士たちよ、今こそ人類に恋愛思想を思い出させるのだ!!」
驚くほどの大歓声が上がった。俺からすれば何を言ってるのかわからない。恋愛思想という危ないものを広めている危険分子の言うことを理解することは出来なかった。この会場にあると思われるLDを見つけ、排除、そして宗教組織の幹部たちの拘束をしなくては。
無事に俺たちはLDの破棄と、幹部たちの拘束を達成した。意味不明なことを言われたが、俺たちは無事任務を遂行できた。
「なかなかに大変だったな、AI」
「そうだな、お前が恋愛宗教組織に感化されるんじゃないか心配だったぞ」
「変なジョークを言うなよ、俺は俺だ」
22世紀、それはAIが人類を育て、AIが人類を導いている。恋愛という形は、明らかに歪んでいた。
「お前は人間じゃない!AIだ!」
幹部から言われた言葉が、頭から離れない。
恋愛小説
佐々木
「恋って、なんだろう」
最近昔の小説を読んだ
その中の主人公は恋してた
その人は
人にも
花にも
旅にも、
身の回り全てのモノに恋してた
恋するってなんだろう
昔の言葉で言うと、遺伝子組み換えって言うやつ?
今はそれが一般的。
婚姻届を出すと、ランダムで子供が送られてくる。
1人の時もあれば、8人の時もある。
稼いでる額で国が決めてるらしい。
まあ、僕にはあんまわかんないや。
ちなみに、僕ん家の子供は僕ひとり。
寂しいこともあるけど、別にひとりは嫌いじゃない。
だからこそ、最近の世の中は出産なんてないよ。
女の人だけが辛くて大変な思いをすることもないし、
子育ては平等なもの。
育児を“手伝う”なんて考えは出てこない
ワンオペ育児とか言われてた頃は可哀想だなって思うよ。
だからと言って子供に愛がないわけじゃないからね、
うちの両親は自分のこと愛してるって言ってくれるもん。
まあ、家庭によっては
いらない子供って言われることもあるらしいけど。
昔の人が選挙に行かなかったから、今は選挙がない。
100年くらい前からかな。
そん時に遺伝子組み換えが正当化されて国が勝手にやり始めたらしい。
反対する人はそこそこいたけど、
サイレントマジョリティーっていうやつで
ほとんどの国民は何も言わないし、
1部のやつが騒いでただけだったから、もうそのままなんだって。
って、この前の歴史の授業で習った。
だからこそ、ミスって変なのが生まれることもあるし、
人殺しとか変な方向に頭を使う奴もいる。
そう言う奴らは頭が良すぎんだよ、良すぎて狂ってる。
まあ、俺には関係ない。
家族以外と会うことはほとんどない。
出会いはネットを通してが大半。
ネットの相手と会う口実は様々だけど、
その本心は大体触れたいから。
人肌恋しいってやつ。
家族じゃ、くっついてるのなんて恥ずかしいからね。
でも実際会ってみると、変なロボットみたいな奴だったりする。
それは、いわゆるハズレ。
5回に1回アタリがくれば良い方。
そういえば、昨日
会おうとしてた子が飛んだ
まあ、よくあること
でも、殺したくはなるよね
とりあえず俺は絶賛相手探し中。
やっぱ、恋ってなんだろう
最近自分で人を作った
もう誰にも会う必要がない
僕が好きなことをやらせて
僕が好きなことを言わせて
僕の好きなときに現れる
そいつを愛してる
だからもう
なにもいらない
この気持ちは、小説で読んだ恋じゃない
『番号2889 異常なし』
私は私を監視している。
22世紀は1日の行動を自分で監視する。
ランダムで国からの調査が入るから油断ができないのだ。
特に生産性のある1日を送っているわけでもないのに
報告しなきゃいけないんだとさ。
なんでかって?
それは国に聞いて
こんな生活は狂ってると思う。
たまに僕が僕で無くなりそうになる。
そんな日が来ないように祈るばかりだ。
この時代にヒトというものは
もう存在しない。
自分をヒトだと思っている奴は山ほどいる。
だが、人間の脳は人工知能に負けたのだ。
用がなくなったモノは、
国が一体ずつショートさせて殺す。
【ここには国民に知られてはいけない裏世界が存在する】
クローン人間プロジェクト
moe
ーー2100年、22世紀が始まろうとしているこの年に、国民全員のDNAの採取が義務化され、死後30年まで国が保存するという法案が決定された。
✳︎
2168年、この国の少子高齢化はあっという間に進み、人口は4200万人にまで減少した。そこでやっと危機感を抱いた政府は、新たに『クローン人間プロジェクト』を発足させた。このプロジェクトは、恋愛が上手くいっていない女性が対象であり、女性にしか持ち得ない機能の妊娠出産を促すためのものである。まず、政府に申請を出すと翌日クローン人間キットが送られてくる。そして自分の想い人をクローン人間として形成し、100日間の疑似恋愛期間を経ると、自然に繁殖期間へと入る。女性が妊娠・出産を終えると役目を果たしたクローン人間は政府に回収される、という仕組みだ。このクローン人間は、国で保存されているDNAを元に同じ顔同じ体格で人を形成する。生殖機能も備わっていて、ほぼ人間と変わらない。しかし欠点が一つ、その人体には感情機能が欠如しているのだ。
✳︎
「クローン人間だなんて馬鹿馬鹿しい。クローン人間で好きな人を作ったところで、そこに愛は生まれるわけ?」夜のニュースで流れてきた『クローン人間プロジェクト』の特集を見ながら、そう呟く。私はこのプロジェクトに否定的な人間だ。「私は賛成だけどな〜。だって!たとえ100日間だとしても、好きな人が同じ顔同じ体格で手に入るんだよ?!1人しかいない人を取り合うより、クローン人間でも私の側にいてくれれば…!!」そういって、持っていた缶を潰す勢いで熱く語る友人の咲良。この子は生粋のアイドルオタクで、アイドルに本気で恋をしているいわゆる痛オタだ。好きな人というのもきっと、推しのアイドルのことを言っているのだろう。「感情はないんだよ?そんなのと一緒にいて何が楽しいのかわからない。」冷静に私が返す。すると、咲良は「努力次第で愛も生まれるの!!!…た、たぶん」急に立ち上がってそういうと、酔いが回ったのかそのまま倒れて眠ってしまった。先に寝てしまった咲良を横目に、グラスに残ったウイスキーを一気に飲み干す。「…クローン人間…か…。」
気付いたら朝になっていた。ピンポーン。家のインターフォンがなって目が覚めた。朝っぱらからなんだろう、そう思ってドアを開けると宅配便が届いた。「私何か頼んだっけ?」そう思いながら宛名を確認すると、政府からだった。頭にはてなマークが浮かんだが、届いたものを確認する。「うーん何が届いたの??」同じくインターフォンの音で起きた咲良が、まだ十分に開いていない目を擦りながら尋ねる。「それが身に覚えがないんだよね…。」恐る恐る箱を開けると、そこには『クローン人間キット』の文字。「は?なにこれ!頼んだ記憶ないんだけど!」慌てる私を尻目に、咲良が私のスマホを確認する。「ちゃーんと申し込んでるよ!ほら!」そういって顔をにやつかせながらスマホの画面を見せてきた。申込完了と書かれた画面が写つっている。昨日はあんなに否定的だったのに〜なんてぶつぶつ言いながら、面白がって申込記入欄をスクロールする咲良。その手が止まったのは、クローン人間指定欄。「クローンにしたい人間…裕太…?誰これ?」咲良が不思議そうにこちらを見る。「やってしまった…。」
✳︎
私には酔うと必ず思い出す人がいる。初恋の人、裕太だ。彼は12年前に交通事故で亡くなった。忘れもしない、告白しようと呼び出したあの日、待ち合わせ場所にいつまでも来ない彼を待ち続けた。振られたのだと諦めて家に帰った時、その事実を知った。彼は私の元へ向かう途中にトラックと衝突して、そのまま帰らぬ人になってしまったという。それを聞いて、悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。恋愛ができなくなったのは、その頃から。マッチングアプリも婚活も色々試してきたけど、私の心の中の彼の存在が大きすぎて、好きになれる相手なんて見つけられなかった。
✳︎
「頼んだからには、使うしかないよ!」そう咲良に後押しされ、私は送られてきた裕太のDNAとクローン人間キットをマッチさせた。無事形成されたクローン人間は、紛れもなく裕太そのものだった。久しぶりに見るその顔に、目頭が熱くなった。
そこから、私たちの100日間が始まった。思っていたより、クローン人間との生活は苦ではなかった。身の回りのことは自分でするし、クローン人間にかかる生活費用は国が負担してくれるし、なにより、裕太がそこにいてくれるだけで幸せだった。返事は返ってこなくても、空白だった12年の時を埋めるかのように、私は毎日のように嬉しかったこと、悲しかったこと、とにかく沢山裕太に喋りかけた。
✳︎
100日間を経て、私は裕太との間に子供を授かり、出産をした。そして、クローン人間の役目は終わった。彼は直に政府が回収しにくるだろう。時が止まればいいと思った。それほどクローン人間である彼を、私は愛してしまっていたのだ。「今までありがとう。感情はなくても側にいてくれるだけで私の支えだった。これからはこの子と精一杯生きていくね。本当にありがとう。愛してる。」産まれたばかりの我が子を抱きながら、裕太に話しかける。返事は勿論ない。だけど、泣きじゃくる私を見つめる裕太が、その時少しだけ、ほんの少しだけ、優しく微笑んだ気がした。
プランA
むろはしかな
6時30分、アラームが鳴っている。ユウキは目が覚めた。目を擦りながらキッチンへ行き、卵を割って目玉焼きを二つ作る。パンを二枚焼いてるところでユウキはアオイを起こす。
「アオイ、6時40分過ぎてる。遅刻するよ」
アオイは起きない。それから5分経ち、
「アオイ、もう45分!起きなくていいの!?」
アオイはそれでも起きない。ユウキは慣れた手つきでアオイの体を揺らす。するとアオイはやっと目覚める。
「ん、んー…いま何時?」
「もう45分過ぎてる」
「やば、、起きないと」
「朝ごはんできてるよ」
二人は朝の情報番組を見ながら朝ごはんを食べている。6時55分の占いだって、アオイの星座が五位だと出ていても反応しないくらい流し見ている。
「アオイ今日、五位だって」
「うっそ〜いまボーっと見てたから気づかなかった」
「毎日そうだよね」
7時10分、朝ごはんを終える。洗い物をしているユウキの隣でアオイは自分の服を探している。
「この靴下のもう片方がないの」
「昨日、一つだけ洗濯機に入ってたからまだ干してるよ」
「このピアスいつも無くなる」
「そうだと思って、こっちのジップロックにまとめて入れといた」
7時15分、アオイはいつも先に家を出る。
「じゃあ行ってきます、あとよろしく」
「行ってらっしゃい」
7時20分、ユウキは洗濯物を干す。
8時10分、一通りの家事と身支度を済ませユウキは窓を閉め、家を出た。
18時15分、ユウキは帰宅する。この赤いエコバックはユウキのお気に入りだ。手を洗い、買ってきた物を冷蔵庫に入れる。これから使うじゃがいもとにんじん以外。
19時50分、アオイが帰宅する。
「おかえり」
「今日、肉じゃがでしょ。良い香りが外まで出てた」
「正解。やっぱりアオイは鼻がいいね」
23時、二人はソファーに座り海外映画をみていたのだが、その映画を見ながらアオイは寝てしまう。
「アオイ、またここで寝ちゃって、、ベットに運ぶからね」
ユウキはそう言うとアオイをベットまで運んだ。
24時、ユウキも眠りにつく。
「えっ!!??本当にこのプランで良いんですか?追加料金を頂ければこちらからプランニングすることも出来ますが、、、」
結婚未来サービスの村田が言った。
「いいんです。これでお願いします」
ユウキが言う。村田は続けて、
「ここまで素朴で昔ながらの毎日を望まれた方は僕が担当する中で初めてです。もっとこう、五輪選手になっている毎日だったり、お金持ちになっている毎日だったり、玉の輿にのっている毎日だったり、異性からモテモテの毎日だったり、イケメン・美人になれる毎日だったり、そういう方ばかりで、、、」
2120年現在、結婚未来サービスは国が義務化している。
成人を迎えた人が自ら未来を設計し、設計した日々を実現させることのできるサービスである。国がこのサービスを義務化している目的は、孤独死させないこと。
約100年前の2000年代初めから少子高齢化社会が問題視され続けていた。国は、この少子高齢化社会を食い止めることはできないと考え、そしてせめて人を孤独死させない方法をと考え打ち出したサービスなのだ。
一緒に過ごす人も男女でなければならないという決まりはなく、お互いに同意があれば好きな人と一緒にいれる自由度の高い義務化サービスになっている。
実際にアオイも見た目は女性であるものの本人は男性だと自覚している。たしかに仕事に対する熱量、生活の緩さは男性的だ。ユウキはアオイの性について理解している。理解したうえで一緒にいたいと望んでいるのだ。私欲に溢れる世界に存在するユウキは2000年代初めの素朴な生活、恋愛に憧れていたのだ。22世紀に生きる人は21世紀の恋愛を羨んでいるのかもしれない。
ワープ
ちゃんまり
時は2020年。世界中がある感染症に悩まされている。これが全ての始まりであり、終わりでもあった。15万も課金してこの時代にログインしてきて数日が経ったが、この時代の空気にはまだ慣れない。終わりの見えないウィルスとの戦いに葛藤する人々の様子は、滑稽でありどこか切なくもある。この時代の仮想空間内の人々の葛藤が、現代にすら影響を与えてくる。本当に厄介な時代にログインしてしまった。こんな時代に来たというのには、それなりの理由が必要なことは自明である。そもそも現代の仮想社会の構築は、2020年の感染症拡大から進められた。感染の流行が収束したと思えばまた流行するという繰り返しで、何度も変性を繰り返したウィルスのワクチンを開発するのは不可能となった。感染症による死者は増える一方で、政府も手の打ちようがない中、ある開発が進められていた。それが現代の完全仮想社会である。現実での生活を諦め、クラウド上に生活拠点を移動させるというものである。この社会では、一人ひとり違った歴史を持っている。そのため、僕たちの生活している現代では時間旅行が可能なのだ。
さて、随分ともったいぶったが、なぜ僕が2020年にログインしているかというと、この時代で「推し」を知るためである。現代にもアイドルはいるが、それらは全部クローンで作られており、個性というものがまるでない。人に好まれるような顔で歌が上手くダンスが上手、というのが元からインプットされており、どうも僕はみんな同じ人に見えてしまう。しかしながらこの時代にはオリジナルの人間がアイドルをやっている。そう、だから僕はこの時代に来たのである。15万円も課金して・・・。ここで流行っている感染症がなければ、僕がここにくることもできなかったと考えられるが、訳のわからない布切れを口につけなければいけないのが鬱陶しい。こうして「推し」を求めてこの時代に来たわけだが、何も感染症が拡大する前でもよかっただろうに、A Iは何故この時代を指定したのか。(言い忘れていたが、時間旅行の年指定は大雑把にしかできない。入りやすい年と入りにくい年があるためらしい)
この時代に適応するためにある程度 SNSの時代に見合ったリテラシーとアプリの操作方法は知識として事前に抑えておいていた。色々と調べてみて誰が自分の推しに相当するかを考える。感染症のせいで外出はほぼ出来ないので推しを探す一日を無限に繰り返している。 「ステイホーム」と言った胡散臭い言葉に指示されるがままに、数ヶ月ほど同じ生活を繰り返してきたが、ここ最近はほぼ収束してそろそろ外出も許されそうな時期に入った。 ここからが本当の感染拡大のスタートと知りつつもこの数ヶ月で構築してきた推しの概念をさらに理解したい僕は直接会うことを決めた。どうやら推しが所属するグループ(Z O P)には実力表現の様子を拝見できる場があるらしい。(二十二世紀から来た彼はおそらくライブのことを言っている)
世は1ヶ月間国内の感染者〇人の一番感染リスクが少ない期間に突入した。ベストタイミングで、実力表現の様子をh⋯(ライブ)があると聞き、足を運んだ。暑苦しい布切れは皆付けなくなっていたので僕も付けないで実r⋯(ライブ)に参加した。ライブが始まると今まで感じたことない緊張と興奮が押し寄せて周りの同志たちも熱が上がりテンションバク上げぷんぷんよいちょまるである。 (段々と時代に適応しつつある彼をどうか見守ってあげてほしい)こんなに輝いている女性は今の時代にいるだろうか。数ヶ月間で見つけ出した推しを実際に眺めると、 推しという言葉じゃ収まらない感情が芽生えてくるのを感じてふと恥ずかしくなった。ライブの後には実際に推しと写真を撮って少しお話できる時間(チェキ会)が設けられているらしいので僕も参加した。僕の前の人達はみんな女の人ばかりだ。これなら彼女がほかの男から奪われることは無いだろうと安心した。
さあ、いよいよ僕の番だ
「・・・」
「あ、初めましての方??」
「・・・」
「ポーズはピースでいい?」
「・・・」
「緊張すよね笑じゃあ撮ろっか」
チェキ会では彼女沢山話せた。第六波がくるんだから気をつけなさいという真面目な話からたわいも無いふざけた話まで、時間が惜しくなるほど楽しい時間を彼女と過ごした。僕はいい彼氏だなぁと自惚れていると思い出の蓋を閉じる音が聴こえた⋯。
———-
「こちら株式会社ハピネスです。お目覚めされようで、満足いただけたでしょうか?」
「いやーもう最高でした!感染症っていうものに呪縛されつつ推しをみつけるっていう状況に何だかワクワクしました。そして何より妄想を拗らせすぎた20代くらいの男の子を体感してみたかったんですよ〜。こう、なんて言うんでしょう、仮想現実の中で仮装してる自分に興奮すると言いますか笑」
「お姉さんは随分マニアックな所をついてきますね笑またのご利用お待ちしております。」
本物の超能力
けーた
21世紀末、人類が長年にわたり研究してきた脳の隠された能力が明らかとなった。その能力は超常現象を起こすものだといわれ、巷では「本物の超能力」と呼ばれた。
だが、その能力は皆が持っているが、覚醒しておらず、実際に使えるものはいなかった。
22世紀初頭に「本物の超能力」は本人が自覚せず、周囲に影響をもたらす可能性を示唆する論文が発表された。その論文によれば、無意識に放たれている力は目に見えるほどではないが、外部からなんらかの制御をすることで、現実世界に大きな影響をもたらすことができる。制御することで、データでしかないキャラクターを具現化し干渉することもできるというのだ。
当然ながらそんな論文は軍事目的や宗教目的で悪用され、超能力に干渉し、無許可で制御することが禁止された。しかし、それを回避しながら協力してくれる秘密結社があった。
「あと一息で15年来の願いが叶ったのに…はぁ」
超能力電波管理局に拘束されかけたところに白衣の男が話しかけてきた。
「その願い叶えましょう」
「こちらの書面を確認していただき、問題がなければサインをして…」幾度と繰り返したきがするような、うんざりする会話に嫌気がさしながら「あ、問題ないです。さっそくお願いします」とサインを殴り書いて椅子に座る。担当者を名乗る男は「あまり短期間に繰り返しプログラムの書き換えを行いますと副作用が発生する可能性がありますので…」ほんとにうんざりするやり取りである。こっちはコインを出しているのになんで怒られなければならないのか。
「ピーーー…データのリセットが完了しました。」
どこからかいかにも合成音声らしい音が聞こえる。
頭が痛い。昨日お酒飲みすぎた…か?いや、え、昨日、なにしてたっけ…
誰かがしゃべりかけてくる。
「…だ、大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声だ。
これはあれだ。いつひはの念珠もこあだ。
「このプログラムは、あなたの人生をやり直し、あなたの思い描く人生を歩むためのものです。ただし、これはあなたの理想を必ずしも保証するものではなく、あなたの努力によっては現実が悪化する可能性があります。また過度な利用によって中毒症状などの副作用が発生する恐れがあります」そんなことも書いていった気がするが、やっと「念珠もこあが目の前に現れ、ココア専門店アステカで一緒に金のゴブレットココアを飲むこと」が叶ったのか。もこあ嬢さえいればこっちのものだ。
「えっとえっと、ほんとに、大丈夫ですか?」
もこあ嬢が何度もあのアニメ通りの心地よい声で呼びかけてくれている。これ以外の返答は他にない「えっと、アステカってどこにありましたっけ」と返答しながら立ち上がる。
もこあ嬢は、亜美子の口癖「残念言うなッ」を聞いているときと同じような苦笑いをしている。失敗するはずもない、いつひはでも登場したセリフだ。なぜ。
「あのぉ、ココアのアステカならここですけれど?ほんとに大丈夫ですか?」
まぁともあれ、これで目的は達…
「超能力電波管理部だッ、脱法プログラムをしているものは誰だ!!」と店内に響く。
着用、もしくは埋め込みが義務付けられている人類保護タグによって身分証明がなされる。
「やめてくださ…」もこあ嬢の声が聞こえる。不思議と悲しみを感じない。そして静寂が訪れる。見渡すと誰も動いていない。時計も止まっている。足が勝手に動いた。ドアに手をかける。ドアについた鈴はならない。普段の5倍は重い気がするドアを開け、外に出た。白衣の男が目の前に立ちはだかる。
「どうしたんですか?」とあざ笑うような声で話しかけてきた。
なにかしゃべらなければと思ったときには「あ、あのたすけてください」と震えるような声を出していた。あとちょっとで15年来の夢が…、こんなささやかな夢すら…、ようやく可視化プログラムができたのに…、……やり直したい。
「その願い叶えましょう。」
『 』
もこみち
私は曾祖父の家に来た。
けれどもここには゛誰もいない゛。
゛誰もいない゛けれど私は好きだ。
それこそ無理に私に名義をしてでも私はこの空間を残しておきたかった。
曾祖父は面白い人だ。自分の葬式でスーツを着て火葬されたいがためにそれまであった白装束から好きな服を着て棺桶に入るという価値観を作るために「死服屋」なんて作ってしまうぐらいおかしな人だ。
そんな曾祖父の家に来た理由は時代により無くなってしまった本を返しにきた。彼の本棚の置き方にもこだわりがある。子供の成長に合わせて読んで欲しい本を下から並べている。
ここに来るたび私は赤い背表紙の日に焼け角が丸まってしまった『』に手が伸びてしまう。
私は『』のような恋愛がしたかったと毎回おもってしまう。
だがそれはもう叶わない。
曽祖父が生きていた瞬(とき)とは違うのだ。今は不自由なく愛することができるようになった。たとえ愛する人が同性、兄妹、AIだとしてもそれを否定する大人たちはもう居なくなった。
あの瞬に比べたら今はとても良い時代なのかもしれない。
…けれど
それでも私は、この幻想的な恋愛を求めている。
そんなことを考えていると大粒の雨が降り注いでいた。
私は読み終わった本をそっと閉じ、本棚の一番下に戻し憂鬱に傘を広げ帰路につく。
文学に恋をする
taipee
「へぇ〜これが満員電車って言うんだ」
デジタル化された本の中にある写真を眺めていた。
21世紀の世界には沢山のいらないものが存在していた。汚染された空気、単純作業をこなす人々、満員電車、ゴキブリ、悲しい感情、苦しい思い出、妬みや辛さ、憎しみ、不安、全部なかったらいいのにと思う物ばかり。
「僕らの先祖はこんな煩わしくて嫌な世界を生きていたんだな…」なんて思いながら不要物が排除され続ける22世紀の世界で僕は暇を持て余している。21世期中盤頃から各国が一段となって進めてきた『WRP』と呼ばれるプロジェクトによって人や環境が不必要としているものは限りなく排除されてきている。そのおかげでこの時代には、都会でも空気が美味しいし、仕事は全てAIに任せておけるし、満員電車もない、ゴキブリも。排除されていった不要物は目に見えるものだけではない。ずっと昔の人々が悩まされ続けたいくつかのめんどくさい『感情』なんかもこの世界にはない。そのおかげで人々はいつも穏やかだし、『クレーマー』なんて呼ばれる人もいないんだ。
そのせいか、とにかく暇だ。何もしなくてもいつも快適なんだけれどそれが余計に暇を助長する。
こんな時僕はいつも昔の人が残した文学を読む。文学は今も新しいものが生み出され続けているが昔のそれとは全く違う。僕の知らない感情や物がたくさん詰まっている。色んな本を何度も読んだけれど、感情について書かれているところはいくら読み返しても納得できない。いや、理解ができない。文字としては理解できるのにどうしてもその『感情』というものを想像することができなくてムズムズする。長い歴史の中で人々は不要なものとして様々な感情を排除してきた。それが遺伝子にも影響を与えた結果、僕らにはわからない感情が多くなった。
僕は昔の文学を沢山読んでいて気づいたことがある。どうやら『恋』という感情は昔の人にとってどの感情よりも特別なものらしい。
恋って何?どんな気持ちになるんだろう。
「ドキドキ…?キュンキュン…?一目見たときの高揚感?」文字を追ってみるがやはり分からない。昔の人々は何故このような頭の弱そうな擬音語を繰り返し使ってきたのだろう。
いくら読んでも分からないのなら…
「本にあることと同じことを試してみよう」ある日そんな考えが浮かんできた。
僕は外に出て道端で出会うあらゆる人々に対して本にあることを試してみた。
まずは21世期前半の本に多く書かれている『壁ドン』と呼ばれるものから。これを行うと相手は恋に落ちるらしい。よく分からないがとりあえず前方からやってきたか弱そうな中年男性にしてみた。
「ドン!」彼は驚く、しかしその後すぐに笑顔に戻って通り過ぎる。どうやら『恋』には落ちてなさそうだ。次に後ろから目を塞いで「だーれだ」というやつを同じ歳くらいの女の子にやってみた。「だーれだ」彼女は驚く、しかしすぐに振り向き平気な様子で「知らない人」という。そのあとも『顎クイ』とか『ハグ』とか『キス』とか『頭ポンポン』という行為もした。とりあえず街中で大声で「キュンキュン」と言ってみたりもした。しかしみんな反射的に驚くだけで、色んな本の中で読んだ『恋』とか『怒る』みたいな感情を表す動作をする人はいなかった。もちろん僕も『キュンキュン』なんて結局言葉でしかわからなかった。
これだけ試してもわからなくて不思議で仕方ない。気になって僕はますます色々な文学に手を伸ばした。毎日毎日何冊も読みあさっては、わからなくて気になっての繰り返し。
「次出会う本には答えがあるかも」なんて考えながら本を開く前、ドキドキしている自分がいた。本がなければ落ち着かない自分がいた。
「あれ?ドキドキ…?落ち着かない…?」
答えに近づいている気がするとなんだかキュンキュンする。
「ん?キュンキュン?」
そしてある日、本を読みながら僕はようやく気づいた。昔の文学を読み漁るたびに感じてきたドキドキ感、キュンキュン感、答えに近づく高揚感…。
そうだ、僕は文学に恋をしているんだ。昔の人が書き残した文学に。いや正確には「恋に近い感情を抱いている」かもしれないが。昔の人が言う『恋』という感情は人と人の間で抱くものらしいけど、僕は文学にその感情を抱いている。その感情をようやく理解できた時僕は幸福感で溢れた。嬉しいのだ。昔の人が感じることのできた特別な感情である『恋』、その面倒臭さを体験することができて。
様々なものがデジタル化され人間関係が希薄な社会になり不要物は限りなく排除された。そのおかげで面倒なことはなくなったけど僕は『恋』と呼ばれる感情を体験してからその面倒臭さが羨ましくも感じた。
パンデミック
こうの
2045年、2020年初頭に世界で大流行した新型コロナウイルスを大きく超える感染者を出すことになる感染病が世界にパンデミックを起こした。
その感染病の発生元はイタリア・ローマにいる1人の性欲モンスター「イケル・ダレデモ」という伊達男から始まったと言われ、「ローマ病」や「イケル病」と呼ばれていたおり高い感染率と不治の病として人々には恐れられていた。そのイケルという男は、日々ナンパに明け暮れる毎日を過ごしていた。というのも彼にはストライクゾーンやタイプという概念が無く、まさに”誰でもいける”という人間であり、歩いている人男女問わず片っ端から話を掛けナンパしていた。そんな中、彼は数えきれないほどの人と関係を持ってしまった。そして、いつしか世界に大きな影響を与える新型感染病の発信源となってしまった、、、。
とある日本の田舎の高校で事件が起きた。
私が学校に行くと、教室はザワザワしていた。
私「おはよう大輔!なんかみんなめっちゃソワソワしてね?」
大輔「おはよ!お前知らねーの?」
私 「え、知らん知らん、喧嘩?」
大輔 「ちげーよ!リカコちゃんの話だよ!」
私 「リカコちゃんの話、、?」
大輔「リカコちゃんB組の山岸と付き合い始めたらしいぞ」
私「うそつくなよ、山岸ってあの山岸?勉強オタクのあいつじゃ学校のマドンナのリカコちゃんと付き合えるわけないだろ」と笑った。
大輔 「いやマジなんだよ」と真剣に言い返してきた。
私 「いや、まじかよ、、。でもなんでだよ」
大輔 「あれだよ、2週間くらい休んでただろリカコちゃん。ローマ病になってたって噂だよ」
私 「え、そうなのか。そうか、それならまぁ説明がつくな。あの”誰でもいける”ようになる病気かか。怖いな、、」
大輔 「怖いよな、でもさよく考えたら悪い事だけではなくないか?ストライクゾーンとかがなくなるんだろ?あの病気。ならハードルも下がって彼女とか出来やすくなんじゃね!」
私 「まぁたしかにな、、」
-キンコンカンコーン-
~数日後~
私「大輔、俺彼女できたわ」
大輔 「え、まじ!誰誰!?」
私 「ローソンのあのおばさん」
大輔 「え、あの人、?理想が高いで有名なお前がなんで?」と困惑した表情を見せる。
私「実はローマ病にかかったんだ。」
大輔 「お前大丈夫か、、。」
私「俺ローマ病になってストライクゾーンとかタイプがなくなって、人をよく見るようになったんだ、。あの人接客あほみたいにいいだろう?そこに惹かれたんだと思う。」
大輔「あぁなるほど。」
私「俺ローマ病になって良かった気がする。」
大輔「たしかにそれはそうかもな!俺もちょっと感染したいかも!」
~数日後~
大輔「話がある」
私「どした?」
大輔「実は俺、お前を好きになってしまった。」
ローマ病は世界人口の約9割が感染した。その大流行による交際を始める人々が爆発的に急増した。その背景には、ストライクゾーンがなくなり”誰でもいける”という病により、人種・性別・宗教・容姿による垣根がなくなり、より人の行動や振る舞いが重要視される風潮が生まれたという事があった。そのような事もあり、世界から争いが消え平和になっていった、、。イケル・ダレデモは世界の英雄となった。
あどけないデイタ
ムラッセ
足をそろそろ、少し出た足で冷気を感じ毛布で隠す。
まだ明けきらない空、ここは雪が降らないのだろうか。
私は初めて冬を売った。
取引の依頼は過去にもあった。
ただその時期は、何とも言い難い月の満ち欠けだった。
キレイに手入れをした爪が、髪が、肌が、写っている。
初めての仕事には日が長い方が良いと心に決めていた。
まだ大人とは言い切れない部分はあるが特に意味はない。
夏を売ってみた。
やっぱりあったかいと活発的になる。
他人には興味がない。
お互いに助け合うこともない。
ただ、ほんの一瞬だけ言葉を、考えを、視点を合わせる。
別にテレパシーというわけでもない。
調節が出来ればよい。
秋を売るのが、仕事をするのが慣れてきた。
足をそろそろ、少し出た足で冷気を感じ毛布で隠す。
キレイに手入れをした爪が、髪が、肌が、写っている。
他人には興味がない。
お互いに助け合うこともない。
春を売った私には、四季がなかった