rhizome: 自己組織化

自律岩絵具

基礎デザイン研究室でコーヒーを飲んでいると、Hが面白い画材を見つけたと言う。ふたつの色を塗り分ける境目に幽玄な風景が勝手に現れる岩絵具で、旧街道の日本画画材店が開発しているらしい。顔料の粒子がそれぞれアトラクタになって陣地を競っている、というのが僕の仮説。Hは網タイツを重ね着して、タイツの隙間に何人か別の人が嵌りこむエロいワークショップをやっている。幽玄な景色を見に行こうと、小皿を掌に載せてアーケードの商店街を歩くと、皿のなかで緑の果汁と黄色いマンゴーが反応して芳香を放ちはじめる。

(2018年1月15日)

身体空間ペイントシステム

久しぶりに作っているペイントシステムは、画素が立方体で、身長より高い。画素の段差の谷間を歩くと、そこここで画素が自律的に反応し、形が生まれる。沢を登り、選択したツールを使って切り立った画素の崖を削り始める。1画素を加工するのに半日はかかるな、と思う。

(2016年6月15日)

トミーの土管音楽

広い空き地に地下鉄の駅とレストランだけがある。僕は図書館に住んでいて、ふらっとここにやってきた。散乱している土管は、片方の口で音を鳴らすと、もう片方から5度上か下の音が遅れて出てくる。ある口から笑い声を入れると、音は散乱した土管を巡って自律的に反復的な音楽になる。レストランにトミーという男がいて、かつて名を馳せた音楽家なのだそうだが、手元にWikipediaがないので調べることができない。僕はトミーのことを知らないのを気づかれないように、話を合わせている。自分を覆っている体毛は実はTシャツなのだ、と言いながら、トミーは娘と奥さんの肩を抱いて浮かれている。Tシャツの体毛は、映像のエコー効果によって滑らかに流れている。しかしTシャツの首から見える彼の胸元は、Tシャツと同じくらい毛深い。

(2014年6月24日)

バイオアート

久保田晃弘さんの講義に遅刻して潜入し、空いている最前列の長机に座ると、いきなりビーカーに入ったオタマジャクシ状の塊を渡され、コンピューター内の変換表によって蛙にする方法を考えろ、という課題を出される。隣に座った二人の女子はリス語で相談を始めたので、それを真似て会話に混じろうとすると、豚肉を食べてる人はどうしても発音が濁る、と言われる。

(2013年9月18日)

鬼子母神簡易宿泊所

交差点の四つの角のうちの三つに、僕らはそれぞれ腰かけて、音楽と自己組織化について話をしている。お互いの表情は遠くて見えないのに、小さい声はすぐそばに聞こえる。音の反射が音の虚像を作るんだよ、と虚像のikegさんが言う。
鳥居が並ぶ鬼子母神脇の道端は、区画ごとに布団が敷かれた宿泊所になっていて、時計はまだ九時で帰れないこともないのだが、今夜はここに泊まることにする。
道端の布団でくつろぎながら、感情の幾何学について熱弁するkazetoに、君の研究は非常に重要だとエールを送ると、彼はさっと手をあげて帰っていった。鬼子母神の赤い木組みの迷路に紛れ込み、待ち構えていた内田洋平らしき僧から梅酢と出汁で煮込んだ山芋をいただく。

(2012年8月23日)

テラコッタの粉

自転車に身を任せると、羊水の中を漕ぐように気持良い。乗りながらだんだんうっとりと眠くなってくるのは、薄目をあけてひと漕ぎするだけでどこまでも進んでいくからだ。いつの間にかハンドルに絡んだ蔦は、茎がすっかり枯れているのに、葉だけはキャベツのように大きく青く瑞々しく、裸の太ももに触れると冷りとする。

団地わきの水溜りの中で、テラコッタの粉が自律的にハニカム構造になっていくのをうつらうつら見ているうちに、たくさんの人がみな同じところを目指して歩いている列からはぐれてしまう。さっきまで視界に入っていたRも見失う。

(2006年1月2日)

黒板セルオートマトン

数学のテキストを抱えて、教師である僕が教室に入ると、生徒たちはすでに着席して黒板を凝視している。そこには人が書いたとは思えないような緻密かつ乱雑な模様が敷き詰められている。いくつかの部分はアニメのように動いていて、いま羽を広げた鳥のようなものが、右下の方から左上に向かって上昇してきて、なにかにぶつかって砕け散った。
これは、チョークの粉が纏まったり分離したりすることによって起こる、一種のセルオートマトンだ、と説明をしながら、今日の授業をこの黒板を消して始めるかどうか迷っている。

(1996年10月21日)