三階に通じる階段は壊れた家具や古いレジ機械などのがらくたが天井まで累積している。立体パズルを解くようにして隙間を巧みに作り、くぐり抜けられるのは僕しかいないので、がらくたは濾紙の役目をして三階に僕だけを濾しとってくれる。ところが、暗い板敷きの部屋にはすでに子供が何人か入り込んでいる。ここのガラス窓は我を忘れて遊ぶ子供を濾過する性質があるから、ときおり路上の子供たちが滞在しては消える。
一方、曇りガラス越しに見える濾し残されたカスのような大人たちは、得体の知れないこの建物が嫌いだ。彼らはおどけたバックコーラスの男女のように声を合わせ、化け物屋敷と囃したてる。こちらも歪んだガラス越しの曖昧な輪郭の視覚効果を使って、いかにも化け物らしく彼らを威嚇する。
rhizome: 屋敷
池袋高原
泥まみれの絨毯のように重なりあった何頭かの牛が、地面に貼りついた頬を動かして何かを食んでいる。池袋に三か所しかない眺望の開けた高地のひとつにたどり着いたものの、この古い民家の中に入らないと遮られた絶景を見ることはできない。
屋敷の玄関に向かって進んでいくと、意図に反する何かが軌道をずらし、床下に紛れ込んでしまった。湿った縁の下に住んでいる老婆が僕と連れの女に呪文をかけたので、僕らはブランクーシの抱擁の形で一体となり、床下の地べたに投げ出されたままぐるぐる回りはじめた。どうあがいても、ふたつの不随意筋の絡み合いがほどけることはない。
老婆が不意に靴下を脱いで、農作業で変形した足と、そこに貼った木片を見せた。大工の墨書きがそのまま残る粗末な板が痛々しく、同情をこめて痛くないのか尋ねると、木は木に貼ってあるだけなので痛くないと言う。
僕らはそろそろ退散しようと、散乱した自分の持ち物を、木のリコーダーは木のリコーダー同士、同類のものをまとめはじめると、ころころと落ちた何か小さい持ち物を女の子が持ち去ってしまう。机の下を覗きこむと、小さな動物になった女の子が、赤地に白い水玉模様の菓子をラッコのように胸の上に乗せ、舐めている。
屋敷の壊れもの
その女とは、広い田舎屋敷のどこかでたまたま席を隣り合わせただけだが、それからずっと女のことが気になっている。広間でうたた寝をしている時も、薄く開けた目に玄関から入ってくる女の姿を感じ、薄掛け布団を上にずらして気付かれないように身を隠した。
奥の狭い部屋に女と女の友人の気配を感じ、引き戸の前を何度か行きつ戻りつ、意を決して偶然を装い部屋に入ると、布団のほかは何もない。布団をめくると、彼女の顔は試合後のボクサーのように腫れて膿が出ている。大事なものは壊れる。そう思いながら、何をすればこの人を癒せるのか、それがわからず途方に暮れる。
古書店の笑う猫
古書店店主の屋敷は板張りの廊下が迷路のようで、それが宗教団体としての威厳と財力を誇示している。僕は、古書店店頭の廉価本を十万円ほど買いあさり、その支払いのためにやってきた。これは果たして上手な買い物だったのだろうか、いくぶん悔いる気持も頭をもたげながら、なかなか店主のいる場所に行き着けない。黒光りする廊下の奥で、赤く充血した眼をかきむしりながら人間のように笑う猫が、こちらを見ている。