rhizome: エレベーター

ハブ鳴き

中2階のフロアいっぱいに、透明アクリルパイプで構成された広大な回路がある。どこかから母の声がするので探し当てると、パイプの中で止まっているただのローラースケート靴だ。いまイオンで買い物をしている、携帯電話をかけているわけじゃない、など靴と会話できる。技術者の浦野くんが、遠い声が共振してしまう「ハブ鳴き」現象だという。
エレベーターのボタンをタイミングを合わせてうまく押すと、地下中2階に止まることができる。ドアの向こうに海岸が広がっている。砂浜に斜めに立つ柱は、円錐状に広がる何本もの紐で支えられている。やわらかいほろほろ鳥が、先端に突進しては紐の間を無理やりすり抜ける遊びに興じている。

(2018年7月13日)

保護色の猫

スイッチを押すと何もない地面から正四角柱の玄関が生えてくる。柱の中からスイッチを押すと、柱とともに地面に入り、切り出し場を利用した明るい地下空間に到達する。開催中のバザールは買いたいものはないけれど撮りたいものだらけ。肩車に乗ったモナコ王室の子供も写真に収まってくれる。保護色の猫が狭い土のトンネルを行き来している。保護色といっても、ペン画調の猫の毛並みに合わせて変化するのは背景の土のほうだ。

(2018年2月7日)

箱の閉鎖系

マンションのエレベーターが、緊急時に限って垂直ではなく水平に動く話は聞いていたが、自分が乗り合わせることになるとは思っていなかった。突如電車のような横方向の加速度を感じるが、窓がないのでどこを走っているのかわからない。閉鎖系では人が人のタンパク質を摂るしかないので絶滅するしかなかった、という物語をタブレットで見ている同乗者がいる。

(2017年12月20日)

食物連鎖ワークショップ

最上階まで吹き抜けになったコンクリートの内壁に、ところどころ抉られた窪みがあり、人が嵌って本を読んでいる。よく知っているはずの建物なのに、この眺めに見覚えがない。水越さんに電話してみると、そこは同じ情報学環でもドメインが違うと言われる。自由落下式のエレベーターで地下まで降り、そのままJの字を描いて隣の吹き抜けに飛び出る。
床いっぱいに広げたロール紙に、何人かボールペンで絵を描く人がいる。それぞれ自然界の何かになり、紙の中にそれを描いていく。それぞれの役割に入出力があり、他のインプットに向かって矢印をつないでいくのだと鳥海さんが言う。僕はイワシであることを宣言し、群がるイワシをいくつも描いた。それぞれのイワシから出る矢印をクジラの目につなぐと、鳥海さんが意外そうに「目なんだ」と言う。

(2015年3月30日)

ウーパールーパーの部屋

往年の女優らしき歳老いた女と裸で暮らしている。首まわりなどに皺はあるが、体は艶やかだ。ときおり僕の性器の重さを量りにくるが、情事には至らない。カップラーメンに入っている調味料の袋を鋏で切って、中にある「次にすべきこと」の書かれた紙片を取り出すが、そこに情事と書かれていないから、情事はしないのだと彼女が言う。
「それが今とんでもないものを見たのよ」と言いながら、友人たちがなだれこんでくる。エレベーターの箱いっぱいに、身動きのとれなくなった巨大ウーパールーパーが嵌っていたのだと言う。そうこうしているうちに、この部屋は放射状の郊外鉄道を斜めに遡り、高田馬場駅へ到着する。

(2014年3月24日)

エレベーターの隙間

女たちは病院の患者のように決められた服を着せられ、見え隠れする恥部や乳房を隠そうともせず、エレベーターAから別系列のエレベーターBへと乗り移っていく。
エレベーターの箱の奥にあるもうひとつのドアから、このビルのオーナーと思しき車椅子の女が、ほとんど人間の体をなさない崩れた塊として現れる。その箱の天井の上に紛れ込んだ僕は、ふわりと金属ワイヤをあやつり、なんとか建物の外に出ることができた。
ビルの傍らを流れる川には、夥しい都市の残滓が流れている。この風景はすでに何度もリプレイされているし、これからも繰り返されることがわかっている。

(2012年2月1日)

アナログカメラ同好会

ビルの一フロアに匹敵するほど広いエレベーターがたどりついた階は、ゴザを敷いて陣取りをした花見客や家族連れが寿司詰めになっている催事場で、子供たちは福袋の棚に神経を集中させ、大人たちは軽快な音のする機械式シャッターを空押しして、旧式のアナログカメラを自慢し合っている。場違いであることはすぐに了解した。僕の胸に下がっているのはニコンの最新のデジタルカメラで、ここは古いアサヒペンタックスの同好会なのだから。いまさらなんでこんなレトロなカメラなのかと、ややあきれた気持をいだきながら、デジカメを悟られまいと隠しつつ前を見ると、会長と思しき老人がしゃべりながらうずくまって眠ってしまう。聞いている人々も大半は眠っていて、会長の突然の睡眠を奇異に思う人はいないようだ。レトロな同好会なのだから、これも仕方ない風景だ。

(2002年2月10日)