水路に面した懐かしい家にたどり着き、木の階段を二階に上ると、勾玉の形をした七世さんの分身が何体も横たわっている。大きさが一様でないのは、胚から魚になり、魚から尻尾が取れるまでの系統発生図の各段階が何かの弾みでばらばらになってしまったからだ。
一階で芝居が始まろうとしている。桟敷の隅に腰を下ろし、あたりの喧騒をぼんやり眺めている。背後から包み込むように七世さんの匂いが近づいてくる。懐かしい感情が鼻腔を満たす。
rhizome: 退行
同期しないポリフォニー
Kが来客と話しているのを半ば目覚めた耳で聞いている。誰かが優しい声で「~さん~さん」と寝床の僕に声をかけるが、名前の部分が僕ではない。息子が妙な音楽を聞いている。声部ごとに異なる粘り気を引きずっているので、それが「音楽の捧げもの」だとわかるまでに時間がかかった。それはなにかと尋ねると、3歳に戻った息子は押入れの中に分け入り、ここにあったテープだと言う。昔の押入れから戻ってきた息子は、さらに0歳児まで逆戻りしていて、布にくるまれた顔に顔を近づけると涙が込み上げてくる。
爆走レース
財布をいつも身に着けていないからなくすのだ、と木村拓哉がなじるので、それならお前が財布になれと言うと、彼は憤慨して運転席から去ってしまう。彼には僕の落胆は理解できない。やむなく僕は隣を走る車の運転を真似てボタン操作をすると、車は渋滞する車列の屋根の上を走りだし、大暴走の果てに火花をあげて大破する。
車を処分するときには右翼を使えという教訓があるので、イタリアマフィアのいるガラス張りのブティックの前に車は捨て置くことにする。彼の手下がダイナマイトを車の下に仕込むのを見とどけ、僕は安堵して土手を登り、自転車レースに紛れ込むことにした。門にいるエントリー担当の女が、靴ひもの穴の数が違反しているのでこのままではレースに出られないと言う。どうにかできると思いますが、と言いかけたところで、靴の鳩目がぼろぼろと彼女の病気の皮膚にこぼれ、ブルドッグのように小さくなった彼女は、赤黒く襞の寄った裸の身体を掻きはじめた。
池袋高原
泥まみれの絨毯のように重なりあった何頭かの牛が、地面に貼りついた頬を動かして何かを食んでいる。池袋に三か所しかない眺望の開けた高地のひとつにたどり着いたものの、この古い民家の中に入らないと遮られた絶景を見ることはできない。
屋敷の玄関に向かって進んでいくと、意図に反する何かが軌道をずらし、床下に紛れ込んでしまった。湿った縁の下に住んでいる老婆が僕と連れの女に呪文をかけたので、僕らはブランクーシの抱擁の形で一体となり、床下の地べたに投げ出されたままぐるぐる回りはじめた。どうあがいても、ふたつの不随意筋の絡み合いがほどけることはない。
老婆が不意に靴下を脱いで、農作業で変形した足と、そこに貼った木片を見せた。大工の墨書きがそのまま残る粗末な板が痛々しく、同情をこめて痛くないのか尋ねると、木は木に貼ってあるだけなので痛くないと言う。
僕らはそろそろ退散しようと、散乱した自分の持ち物を、木のリコーダーは木のリコーダー同士、同類のものをまとめはじめると、ころころと落ちた何か小さい持ち物を女の子が持ち去ってしまう。机の下を覗きこむと、小さな動物になった女の子が、赤地に白い水玉模様の菓子をラッコのように胸の上に乗せ、舐めている。
素数の病
病気の子供を背負っている。病巣は分数の分子に潜んでいて、もし3/27のように約分できれば、ほとんどの病巣は消えてしまうだろう。しかし彼の分母も分子も素数なので、手の打ちようがない。途方にくれて子供を背負っていると、水辺の砂に子供を落としてしまう。子供は水の中で胎児にまで退行し、砂に紛れて見つからない。傍らの少年が簀子の下に手を入れて探してくれたのだが、水中で砂が舞い上がり、貝類のようになってしまった子供はますますどこかに紛れてしまう。
退化する猿
突然、彼女は着替えをはじめた。こんなチャンスはめったにないのに、僕はこの部屋に居続けるわけにはいかないのだ。すぐにでも猿のところに帰って餌をやらないと、猿が飢え死にしてしまうからだ。後ろ髪を引かれる思いで、僕は部屋を後にする。
道々すれ違った杉山教授が、片手に鮭の入った握り飯をいくつか持っている。僕がせがむと、杉山教授はしぶしぶひとつ分けてくれた。
猿に鮭の握り飯を与えると、彼はまたたくまに平らげた。そして、その瞬間から彼の退行がはじまり、順次下等な生物に変身しはじめ、ついには数ミリの二体のホタルイカになってしまった。王冠状の足が互いにかみ合いながら美しい光を放っているのを、僕は悲しいような嬉しいような気持で眺めていた。
ボルゴさんの子供
彼の子供には形がない。なまこのようでもあり、ウニの刺し身のようでもあり、ペニスのようでもある。口があって話ができる。時折、ペニスの先の穴のような口で噛みつく。その子供をソファの片隅に乗せて、広大な要塞から救出してきた。
ボスは、その子供を捕らえようとしている。子供は相手の顔にしがみつくと、まるで変形ロボットのような構造を有機的に変形し、相手の身動きを封じ込める。
トランクに隠していた子供が見つかってしまい、組織のボスの手に渡ってしまうが、しかし子供は今度は液体になって、地面に染み込んでいく。父親に「なにかあったら、呼んでください」と言い残す。
子供の父親はボルゴさんという名前で、正義の味方として活躍するボルゴさんの連続ドラマがはじまる。ボルゴさんがやってくると、彼の手には大きな手袋に変形した子供が嵌っていたりする。ボルゴさんは関口ひろしのように笑いながら登場し、今週は入院している悪人の点滴や人工呼吸機にしがみついて、彼らを滅ぼしてしまう話だ。
ボルゴさんの番組を見ていたら、いとこのYがやってきて「宿題はどうした」としつこく尋ねる。