rhizome: 草原真知子

グソクムシの崩壊

駒込の草原邸で浅野君たちと仕出し弁当を食べていると、盛られた砂の上に置かれたダイオウグソクムシのロボットが砂ごと崩れはじめる。草原さんは「自然のままにしておけばいいのよ」と言いながら、片足で砂を床の隙間に押しやる。砂は、床の隙間から床下へとこぼれ落ちていく。あとで困るだろうと、僕は隙間を目張りするために床下に潜りこむと、そこは畳の敷かれた明るい広間で、砂時計のように砂の三角山が成長していた。

(2014年6月5日)

貨幣論

草原さんの代役で小学校の教壇に立つと、机の面が自分の背よりも高く、小学生の顔を見るためにいちいち懸垂しなくてはならない。初回の授業なのにゲストで呼んだ物理学者を紹介しなくてはならず、いきなりそれはないだろうということで生徒に「力(ちから)ってなんだろう」と質問を投げかけてみると、小さい丸眼鏡のイルカが「相手の気持を考えないでも物々交換ができる仕組み」だと答える。

(2013年9月16日その1)

文京の水路

文京区に張り巡らされた水路を、草原真知子さんとボートで巡っている。お互いの家族の話などをしながら、いつのまにか水路の網目の深いところまで入り込んでしまった。これからボートを駅に返しにいけば、すでに始まっているクラス会に間に合わない。ボートを管理するロボットが、藍染の布を外皮として貼った顔をこちらに向けて、ボートはどこに乗り捨てても良いと言う。ただ、返却時には停泊するボートに真水を満たしてほしいとも言う。真水の水源を探すのは厄介だから、根雪を探してそれを抱きかかえて融かせばいいのよ、と真知子さんが言う。文京区の雪渓を探して水路をさまよううちに、川沿いのマンションの外壁を登る小学生たちに出会う。彼らは壁をいかに速く登りきるか競っていて、黄色や赤や緑の服をぱたぱたとはためかせながら次々とファインダーの上方にフレームアウトしていく。

(2013年6月2日)

娘喪失

科学館の受付で入場券を買い、再入場に関する複雑な規則について聞かされているうちに、連れてきた自分の娘らしき少女を見失ってしまった。ケータイから「なな」という名前を選択して電話をかけると、いつの間にか手渡された彼女のバッグの中で着信音が聞こえる。これで合流する術はすべて断たれた。乱雑なバッグの中には、ノートやケータイに紛れて煙草の箱なども見える。見失った娘への思いが募りつつ、自分に娘がいたという確信さえ見失いかける。草原真知子さんに娘の行方を尋ねるが、海に消えた父親を目で追い続ける娘を描いたアニメーション作品について解説している最中で、その冷静な語り口とはうらはらに、彼女の目から一筋涙が流れ落ちる。

(2013年1月24日)

カテゴリーカード

車座になって草原真知子さんの授業を受けている。隣から回ってくる絵のカードをカテゴリーをずらしながら説明しなくてはならないのだが、ant、horseなどと動物の名を列挙していると、いきなり真知子さんに「gray」と評定されて次の人に回ってしまう。

(2005年7月30日)

海外に通じる階段

草原真知子さんが「いい道をみつけた」と言うので、彼女に案内されるまま地下へ続く階段までやって来た。地下へ降りる階段にしては、底の方が妙に明るい。

階段は表面の木がほとんど見えないくらい一面に本が積み上げられていて、それが草原さんの収集した本であることはすぐにわかる。
「これじゃ通れないわね」と、彼女が積まれた本を押し倒すと、本の山は別の山を崩しながらどどっと地下のほうに崩れ落ちていく。

ほとんど本でできたその階段を這いつくばって降りていくと、北欧のとある集会所にたどり着く。こんな方法で簡単に来られでもしないと、しょっちゅう海外に出るお金もないわよ、と草原さんが言う。

北欧の集会所で、僕らは何人かの知り合いと話している。まったく言葉の通じない初老の男(彼はエルキ・フータモのように睫毛が白く瞳の色が薄い)が、まったくこちらの目を見ないで話しかけてくる。彼は、僕のことをよく知っているらしい。

わかりやすい英語をしゃべる若い男が差し出す本を開くと、中に日本語がまじっている。しかし、その日本語らしきものが解読できない。「チンプンカンプン」と僕はおどけて叫ぶと、その若い男はさも意味が通じたかのように高らかに笑う。チンプンカンプンの意味もチンプンカンプンであるはずなのに。

同じ階段を昇って、帰ろうとする。しかし本はますます雑然と増殖していて、ほとんど頭が通るか通らないかほどに狭まっている。無理矢理通ろうとすると、体のあちこちを擦りむいてひりひりする。

やむなく僕は、ドイツをめざして階段を降りはじめる。それは果てしない螺旋階段。僕は急がねばならないので、もう足をつかって駆け下りる時間はない。階段の手摺を滑り降り、ついにはお尻も離し、両方の掌だけで滑り落ちていく。途中、何人かの男を蹴落としてしまったかもしれない。

階段の果てには、座敷に膳が用意された薄暗い店がある。そこはまだドイツではない。しかしそこで食事をしないと、先に進むことができない。急ぎながら喉に流し込んだ液体が、信じられないくらい旨い。

(1995年1月16日)