明日壊される家の荷物を、今日のうちに引き上げることになっている。不要なものはここに残しておけば、家とともにすっかり業者が消し去ってくれる。確認のために各階を回ると、勇樹の黒い鞄など、捨てたのか忘れたのかわからない物がまだいくつも残っている。あいつのモノに対する執着は、いつもあいまいだ。さゆちゃんに頼んで、鞄の中の黒い手帳の写真を撮り、廃棄していいか本人に確認するツイートを投稿してもらう。
地下室の奥の扉を開くと、四階分の高さが吹き抜けた広大な部屋が現れ、床に染みたインクや油の形状からここが印刷工場跡であることがわかる。なぜ今日まで、この連絡路に気づかなかったのか。
このことは工場関係者にも伝えておいたほうがいいだろう。なにしろ扉の向こうの空間は、明日すっかり自動消去されてしまうのだから。
rhizome: 吹き抜け
機械仕掛けの写真展
高速道路沿いに建つ高い換気塔の内部に入り、吹き抜けの最上階まで登る螺旋階段に展示された、おそらく今まで誰一人鑑賞したことのない写真をひとつひとつ見ている。作品を収集した日焼けした服部桂さんに名刺を差し出そうとするが、財布の中から見つかる紙片はどれも名刺のようで名刺ではない。服部さんはすべて理解しているからその必要はないと言うが、彼の浮かべる表情から、彼が実は理解を模倣した機械であることがわかる。額の中のプリントに焼かれた宙を落ちる人間の像は、コントラストや彩度が画像処理ソフトのように刻々変化する。この写真も機械の一部であることを僕は見抜いている。
テクスチャーマッピング
鉄道警察は広大な吹き抜けのある建物の九階にあり、改札でカードを入れ間違えたことをさんざん詰問されたあとで、さて九階から一階をストレートにつなぐ長いエスカレーターを降りようか、あるいは撮影しながらじっくり階段を降りようか迷っている。
九階ホールには浅く水の溜まった窪地があり、そこを通過する人の上半分が、黒ゴマ豆腐の質感にテクスチャーマッピングされる。自分もその窪地に入ってみると、周囲の人が憐みの混じった奇異の目を向けるので、自分も同じように黒ゴマ豆腐化して見えていることを理解する。いや僕が可哀そうではなく、これは解釈の問題、見る側の問題なのだ、と反駁したいが石化した神話の人物のように声が出ない。
四階広場で、結婚を約束したnanayoさんが鏡に向かって髪を梳っている。これから僕の親に会うために、髪のある高さの一周だけ細かいパーマをかけている。それはきっと僕の親には理解されないだろう、と彼女に言う。
カラスを掴む
目の高さまで書類が堆積している見通しの悪い部屋で、カラスを捕えようとしている。書類を丸めてはカラスの上に投げるので、カラスはなかなか飛び立てない。いよいよ部屋の隅まで追い詰めると、うかつにもわずかに開いた扉の隙間から、次の部屋に逃げ込んでしまう。そこは一変して整然と机の並んだ病院の薬局で、カラスはもう一羽と合流して二羽になっている。
一羽は、白い羽にさまざまなブルー系の色が浮かび上がっている。もう一羽はオレンジ系の色に彩られている。カラスに異変が起きたのではなく、追いかけてきた僕の目の異変であるのに間違いないのは、彼らの映像それぞれにひらがな三文字の名前がオーバレイされていることでわかる。立て続けにその名を呼ぶと、僕は左手に一羽、右手に一羽、それぞれの足を握り、吹き抜けの広い空間を自在に飛び回ることができた。