『恋せよ、人類』 あらすじ
「全ての人間が等しく幸福であるように」
そんな人類皆平等宣言の表明とともにAIコントロールシステムが導入されてから、すでに100年以上が経過した。世界の総人口を5億前後に保ち、人間が生きるために必要な食料や生活用品など全てのものが機械によって自動的に賄われた。一定の基準を満たす生活の保証はされていたが、人類の発展性を保持するためにAIは人間が放蕩することを認めはしなかった。しかしながら仕事という概念は強制力を失い、人間は労働を娯楽とみなし、それに従事した。
地球の適正人口が5億前後であると判断したAIは人間が自由に繁殖することを認めなかった。デザイナーズベイビーとして生まれていない最後の世代の旧人類の中では、それを人権侵害だと反対するものも少なくなかった。このことは旧新人類の世代交代の際の悲劇的な出来事として歴史に伝えられている。現在はほぼ全ての人間が、健康・容姿・身体的潜在能力・知能的潜在能力が最適化された遺伝子を組み合わせられ、試験管の中から誕生する。その際、生殖機能は本来の役割を果たさぬよう調整されている。ある程度の多様性を保持するため、生存に関係のない能力の値は乱数によって振り分けられている。コミュニケーション能力を養うために疑似的血縁グループは形成されるが、それは旧人類でいう「家族」とはまた別の意味を持つ関係性である。
AIが許容し、ごくごくわずかに旧人類式に子孫を残した人間のグループは残っているが、血縁の脆弱化によりいずれ絶滅するとされている。
旧人類の時代から幾つかの言葉の意味が失われた。「恋」とはそのうちの一つである。旧人類式の家系に生まれ、反人工知能主義団体の一員でもある少女・真木マリネは、古い小説で度々見かけるその言葉に興味を惹かれている。
旧人類式とはいえ、マリネは生まれた時から結婚相手が決まっている。それは、少しでも血族内の遺伝的強度を保つためである。その必要性を理解しているからこそ、なおさら「恋」というものがわからなかった。
反人工知能主義団体の自治区で暮らすマリネにとっては、何もかもがAIによって保証される生活も同じく理解できるものではなかった。それは嫌悪の対象にもなった。
しかし、マリネは嫌悪するものだからといって、実際に目で見て聞かず、触れないまま、理解できないことを放置できる性分でもなかった。ある日、マリネは自治区を抜け出して街に出かけた。本来ならば許可証を持つものしか街区間の移動はできないのだが、子供の頃に見つけた抜け穴を利用したのだった。完全にAI管理下にある街では、身分証明ができなければ飲食もままならない。そのことに気付いたときには日も暮れかけようとしており、マリネは公園でひもじい思いをしていた。だが、このまま自治区に帰るには気が進まなかった。そこで出会うのが豊田直巳である。
豊田直巳は腹をすかせたマリネを不思議に思ったが、彼女のいうがままに食料を与えた。そして、マリネの言う「恋」という言葉に興味を持ち、協力を持ちかける。