rhizome: 勇樹

蘇生しそうな機械

駅前に廃棄されていたといって3本の黒い柱を勇樹がもってきたので、柱の中に顔をつっこんでみると、いろいろ配線が外れているものの、赤いボタンを押すとプリンタが動き始めたり、弛緩していた織機が糸を張ったりするが、何ができて何をしようとしているのかわからない。

勇樹は、ブロアで舞い上げた彼の息子の衣服をコンクリートの壁面に投影している。赤ん坊が宙で遊んでいるように見える。

(2018年6月24日)

豆腐と豆苗の甘辛ソース

勇樹と深春が誕生日を祝う料理を作ってくれた。豆苗の長い芽を丸い豆腐に一本一本挿してある。皿が揺れ始め、しだい豆腐の固有振動は振幅を増し、豆苗ごと崩れかける。しかしなぜ君たちは知り合いなんだ。豆腐が崩壊し始めると、隣の皿の甘いソースと混ざるので皿と皿の間に掌の堤防を作る。堤防を乗り越えたソースをスプーンで皿に戻す。掌の甘辛いソースを舐めると、驚くほど美味い。

(2016年2月25日)

ニュー狭山湖

赤羽線のガード下をコンクリートで固めて、防護服の男たちが白い塗装を猛烈に噴霧している。地下に抜ける鉄の蓋は、塗装が厚くなれば開かなくなってしまうだろう。この穴から地下の人たちに食事を投げ込まなくてはならない。貸本屋の女主人に、ビニールコートの背表紙に鉛筆の筆跡が裏移りしている、などとやかく言われ憤慨する。これを下敷きにした覚えはない。そう思いつつ、灯りの反射で照らし出した文字跡は、確かに自分が地下に宛てた手紙の一部だ。

赤羽駅のひとつ手前は山岳鉄道で、急な勾配を登るとニュー狭山湖が見える。万里の長城のような道の欄干から西日に光る湖面を眺めていると、勇樹に中台じいちゃんが死んだと伝えられる。だいぶ前から覚悟はしていたが、不意をつかれて涙が込み上げる。しかし、中台じいちゃんは30年前に死んだのではなかったか。

(2014年10月18日)

同期しないポリフォニー

Kが来客と話しているのを半ば目覚めた耳で聞いている。誰かが優しい声で「~さん~さん」と寝床の僕に声をかけるが、名前の部分が僕ではない。息子が妙な音楽を聞いている。声部ごとに異なる粘り気を引きずっているので、それが「音楽の捧げもの」だとわかるまでに時間がかかった。それはなにかと尋ねると、3歳に戻った息子は押入れの中に分け入り、ここにあったテープだと言う。昔の押入れから戻ってきた息子は、さらに0歳児まで逆戻りしていて、布にくるまれた顔に顔を近づけると涙が込み上げてくる。

(2013年1月12日)

地下印刷工場

明日壊される家の荷物を、今日のうちに引き上げることになっている。不要なものはここに残しておけば、家とともにすっかり業者が消し去ってくれる。確認のために各階を回ると、勇樹の黒い鞄など、捨てたのか忘れたのかわからない物がまだいくつも残っている。あいつのモノに対する執着は、いつもあいまいだ。さゆちゃんに頼んで、鞄の中の黒い手帳の写真を撮り、廃棄していいか本人に確認するツイートを投稿してもらう。
地下室の奥の扉を開くと、四階分の高さが吹き抜けた広大な部屋が現れ、床に染みたインクや油の形状からここが印刷工場跡であることがわかる。なぜ今日まで、この連絡路に気づかなかったのか。
このことは工場関係者にも伝えておいたほうがいいだろう。なにしろ扉の向こうの空間は、明日すっかり自動消去されてしまうのだから。

(2012年8月22日)

異空間マンション

まさか友人の友人が同じマンションの住人であるとは、思ってもみなかった。自宅からほんの数十m先に見知らぬ小道があり、外からでもマンションの廊下伝いでも、彼女の部屋にたどりつくことができる。
高い天井に古い日本家屋から取り出した梁が嵌め込まれている。部屋の中に土間があり、ボランティアの人たちが好き勝手なことをしている。同じマンションとは思えない広さだ、という感想を彼女に告げると、彼女は「思ったほどは広くはないよ」と謙遜するのだが、どうもその受け答えが不自然なのは、彼女はこの部屋のオーナーではなく、僕が人違いをしている恥を際立たせないように気遣っているオーナーの友人であることを理解する。しまった、この部屋の主の顔が思い出せない。
すると、ボランティアの白人男性が近づいてきて、「それはまさにあなたの著書の通り」と演説をはじめた。そんな本は書いたことがない。この男も人違いをしている。この部屋は、どこもかしこも人違いで満ちている。

自分の部屋に戻ると、玄関に青いマットがしいてある。こんなマットをしいた覚えはない。勇樹が、ジュースを買うので千円ほしいと言うので、もう千円足してやろうかと言うと、嬉しいくせに嬉しそうでない顔をする。二人でマンションの外に出ると、僕は青いマットのことが気になってしかたない。あれは自分の部屋のようで、自分の部屋ではない。気がかりのあまり、マンションの中庭に戻ってみると、そこは人気のない廃屋で、そこここの部屋の窓は壊れ、蔦が這っている。

(2000年2月5日)

口から蘇生

死んだばかりの僕の父が、僕の息子の口から蘇生するかもしれない。息子と秋葉原に行き、ジャンクのプリント基板と電流計を手に入れ、帰宅する。すると彼は突然、口から何かを吐き出す。その嘔吐のようなものを母といっしょに指で選り分けてみるが、そこに父は見当たらない。親戚のMが、蓑をまとって雨の中を走る男の話をしている。それが誰のことだかわからない。僕も母も、その話を上の空で聞きながら、もう父とは会えないのだという実感が込み上げてきて泣いた。

(1996年8月13日)