中2階のフロアいっぱいに、透明アクリルパイプで構成された広大な回路がある。どこかから母の声がするので探し当てると、パイプの中で止まっているただのローラースケート靴だ。いまイオンで買い物をしている、携帯電話をかけているわけじゃない、など靴と会話できる。技術者の浦野くんが、遠い声が共振してしまう「ハブ鳴き」現象だという。
エレベーターのボタンをタイミングを合わせてうまく押すと、地下中2階に止まることができる。ドアの向こうに海岸が広がっている。砂浜に斜めに立つ柱は、円錐状に広がる何本もの紐で支えられている。やわらかいほろほろ鳥が、先端に突進しては紐の間を無理やりすり抜ける遊びに興じている。
rhizome: 鳥
性転換ウォッチ
キムさんが腕時計を巨鳥の腹にあてると、そのたびに鳥の性別が雄になったり雌になったりするので、キムさんが鳥の足につかまって飛び立つ瞬間、鳥が雌だったか雄だったかわからない。たまたま意地の悪い雌だったらどうしようと言うと、キムさんは鳥の仕事をしたことがあるので鳥の弱みを知っているから大丈夫ですよ、と、みづ樹さんは楽観している。
ツバメの足
Sの家にいる。Sが飼っている極彩色のツバメがなついて、僕の人差し指と中指の甲に両足をしっかりからませている。灯りを点けるのを忘れたまま、いつのまにか暗くなってしまった部屋に、Sの妹が帰ってくる。ツバメは自分の足を再生し、古い足を僕の指に残したまま飛び立った。抜け殻のように残った両足を削って飲むと体にいい、とSが言う。二階から老婆が降りてくる。
小鳥と暮らす
小鳥と話ができるようになった。鳥の記憶モデルを知ったためだ。小鳥は、冷たいくちばしを僕の下唇に押し付けながら、興味深げに顔を傾げ、歯が段々になっていると言う。きみもいつかこういう歯が生える、と小鳥に言うと、それは気休めだと言う。家に帰ると、鳥は一目散に水槽へ向かい水浴びをするが、勢い余って水槽の外にはみ出してしまう仕草が愛おしい。その光景を見ている家族が、お前は鳥と仲良くしているときは気づかないだろうが、人と話をするときは顔についた白い軟膏のようなものを洗いなさい、と言う。近所の葬式に行くため礼服に着替えていると、どんなに立派なことを言っても、立派な喪章をつけていかないと意味がない、と言われる。
右肩の友人
白い猛禽類がいつも右肩にとまっている。横顔は鷹だが正面はフクロウで、とても大人しい。食卓の小さい花火が火花を散らし始めたので、顔を覗き見ると、彼も恐れずに火を見ている。ときおり彼が飛び立ち、背中に舞い降りてくると、僕の肩凝りも右の肩から右の背中に移動する。
ダチョウパイロット
広いグラウンドのフェンスの縁に体を押し付けて寝ている。突如、巨大な鳥の形をした飛行機の長い首が空に現れ、ゆっくりと倒れかかってくる。これは訓練かなにか通常のことなのだとわかっているのだが、逃げようかどうか体が迷っているうちに、その乗り物は思いきり頭を地面に叩きつけた。人は乗っているのか、これが訓練なら命がけだ。ダチョウの頭にある操縦席を見やると、ヘルメットをつけた二人のパイロットの片方が、一瞬こちらを見て合図を送ってきたような気がする。
カラスを掴む
目の高さまで書類が堆積している見通しの悪い部屋で、カラスを捕えようとしている。書類を丸めてはカラスの上に投げるので、カラスはなかなか飛び立てない。いよいよ部屋の隅まで追い詰めると、うかつにもわずかに開いた扉の隙間から、次の部屋に逃げ込んでしまう。そこは一変して整然と机の並んだ病院の薬局で、カラスはもう一羽と合流して二羽になっている。
一羽は、白い羽にさまざまなブルー系の色が浮かび上がっている。もう一羽はオレンジ系の色に彩られている。カラスに異変が起きたのではなく、追いかけてきた僕の目の異変であるのに間違いないのは、彼らの映像それぞれにひらがな三文字の名前がオーバレイされていることでわかる。立て続けにその名を呼ぶと、僕は左手に一羽、右手に一羽、それぞれの足を握り、吹き抜けの広い空間を自在に飛び回ることができた。
黒板セルオートマトン
数学のテキストを抱えて、教師である僕が教室に入ると、生徒たちはすでに着席して黒板を凝視している。そこには人が書いたとは思えないような緻密かつ乱雑な模様が敷き詰められている。いくつかの部分はアニメのように動いていて、いま羽を広げた鳥のようなものが、右下の方から左上に向かって上昇してきて、なにかにぶつかって砕け散った。
これは、チョークの粉が纏まったり分離したりすることによって起こる、一種のセルオートマトンだ、と説明をしながら、今日の授業をこの黒板を消して始めるかどうか迷っている。