rhizome: 向いのビル

シュレーディンガーの猫

8階の部屋でインタビューを受けている。カメラは向かいの建物に三脚を立て、望遠でこの部屋を狙っている。僕は、窓際に立つインタビュアーのイタオに「人間は視覚的に未来を見るが、猫は未来を見るために手を動かす」と話している。
8階に猫はいない。真上の9階には猫がいる。それを一発で撮るためにカメラを外に設置したのだ、とイタオが言う。
僕は8階にあるロボットの下半身を、どうにかしないといけない。9階に上半身があることを、僕はカメラの映像を見て初めて知った。下半身が動き出す前になんとか始末をつけないと、このロボットは自分の手を探し出してしまう。

(2014年1月17日)

グンゼビル

お堀端のこのビルは建物全体が回転しているので、窓からの風景がゆっくりと一方向に流れている。終電も過ぎ、曖昧になってしまった待ち合わせを諦めようか迷っていると、グンゼの広告撮影のため集められた少年少女たちが白いメリヤス下着に身を包み、階段の手すりあたりでたむろしはじめる。勃起がパンツを押し上げているのを見つけられてしまった少年を、少女たちは面白がって取り囲み、一人の少女が自分のパンツを下ろして見せる。
壁面がまるまる電子書籍になっている隣のビルに、ちょうど窓の方角が合うのはこれで三回目だ。本が巡ってくるまでの間に自動でめくられた数ページぶん、物語が抜け落ちてしまう。もう帰ろう、そう決心して一階の出口に降りてくると、回転する鉄製ステップの意外な速さに怖気づいて、なかなか外に出ることができない。

(2012年10月7日)

半透明ホテル

ホテルの高層フロアは、回の字に一周する廊下から外が一望できる。廊下の内側に面した各部屋は、壁が半透明のガラスで、内部がぼんやり透けていることを承知している客たちが、裸を巧みに隠しながら交尾をしている。ときおり、平板な女の胸が見える。
僕は、谷を挟んで向こうにある高層ビルの一室に、書類を納品しなくてはならない。おそらくトイレにいる連れを探して、水族館の魚のように廊下を何度も周回している。そろそろここを出なくてはならない。重要なのは書類そのものではなく、時間までに机の上に書類を乗せることである。

(2008年4月11日)