河口付近の三角州地帯に住んでいると、ラッパ形の噴出機が絶えず砂を撒いているので、自分の敷地と他人の敷地の境界線はいつも砂に覆われしまう。いつのまにか部屋に紛れ込んできたルームサービスが、冷蔵庫をあけて「ビールはいかがですか」などと言うが、それは僕の私物だ。靴底でベランダの砂を払うと黄色い地面があらわになり、そこには小節の区切り線があらかじめ引かれた五線譜がある。
rhizome: ラッパ
トゥーランガリラの空中鉄骨
広い校庭の一角にある舗石に、Samと寝そべっている。校庭では、洋装の中高年女性たちが精緻かつ大胆な盆踊りをくりひろげている。誰がこの振り付けを指導したのか、さきほどバドミントンをした中川先生だろうか。
上空を見上げると、円筒形の巨大鉄骨構造物が宙吊りになっている。高所作業員たちは、ロープ伝いに空を行き来している。いつもはサイレンを鳴らすラッパ形のスピーカーから盆踊りの音頭が途切れると、流れ込むようにトゥーランガリラの一部分、オンドマルトノが高らかに愛の展開を歌い上げるあの部分が空を満たす。
構造物が何で吊られているのかがわからない。手品のような隠しロープが斜めに張られているのか。どこにトリックを隠したのか。
寝転がっている僕らのすぐ脇を、箱のような作業トラックがぎりぎり数センチの精度で掠め通るので、ここはゆっくり寝る場所じゃないからとSamが散歩に誘うのだが、僕はオンドマルトノが空にエコーするなか、もう少しここで寝ていたい。晴れた町をカメラを持って散歩をするイメージに惹かれながら、久しぶりにSamを長いキスに誘う。
肘の肉片
肘の手術を受けるため、ベッドに横たわっている。数人の看護婦が、窓際でTシャツを交換しあったり、互いに手の角度を千手観音のようにずらしたりして騒いでいる。この病院は賑やかでいいですね、と医師に話しかけるが、ラッパ形のステンレスから噴出する蒸気をたっぷり吸ってしまった僕の言葉は言葉になっていないようで、彼は理解できないそぶりをする。肘から切除された軟骨は、ベッド大のステンレスバットに投げ込まれる。食品売り場の牛モツのようにうずたかく盛られた肉の断片を、へらでぺたぺた塗り固めている白衣の男がいる。
いやな釣人
パイナップルの山だ。異国の女たちが群がっている。そこには、何種類かのパイナップルがある。「端的にどれを選べばいいのか教えて欲しいんだ」と言う僕の問いに快く答えてくれた女に、あやうく惚れそうになった。
そこいら中の人が、祭りに沸いている。目の前をビュンと音をたてて、釣り糸が飛び交い、ファンファーレが鳴る。裸の少年たちが並んで、ペニスをラッパの角度に勃起させている。いちばん右側の一人だけは、いっこうに立たない。彼はあきらめたのか、ひゅるひゅると音をたててペニスを体の中に格納してしまった。
釣針は、かなり遠方にいる犬の口から、犬のくわえていた食い物を奪い取る。食い物は僕の目の前をよぎって、釣人の手元まで引き寄せられる。釣人は得意げだが、それに飽き足らないのか、犬のかわりに小学校の教室にいる一人の女の子の口から何かを釣り上げたいと言う。いやな奴だ。僕は彼に、ウイリアムテルかロビンフッドを例にあげて抗議する。その両者の区別が、ときどき危うくなる。息子の頭に載せたリンゴを射抜くにしても、そこにはかなりの信頼関係がないといけないわけで、見ず知らずのおじさんに、女の子がそんなことを許すわけないじゃないか!
いつのまにか、釣人は白いあご髭をたくわえている。彼は片手の親指と人差し指を使って、髭の輪郭に波形を描いてみせる。すると、髭のエッジが青く染まる。手のしぐさだけでそうやって幻覚を引き起こそうっていうのなら、僕だってこうしてやろう。僕は、髪をおもいきり前から後ろに振り上げると、歌舞伎役者の隈取りの幻覚を引き起こすことができたようだ。こいつにだけは、負けるわけにはいかないのだ。ともかく、いやなやつなのだ。