上板橋の南口銀座からは、南半球でしか見えないマゼラン雲が見える。南口銀座の中ほど、おでん種の店で売られているゆで卵は、見た目よりやや青白くデジカメに写る。スペクトルの青方偏移を見るためにフィルムを装填したいのだが、デジタルカメラの裏蓋を開ける機構がどこに隠れているのかわからない。古書店の廉価本コーナーに座っている釣り堀のおやじは夕焼けを眺めながら、いつものおかしな息継ぎもなしに「マーラーはこの曲がり角でときどき火事に出会う」とつぶやく。
(2012年10月18日)
上板橋の南口銀座からは、南半球でしか見えないマゼラン雲が見える。南口銀座の中ほど、おでん種の店で売られているゆで卵は、見た目よりやや青白くデジカメに写る。スペクトルの青方偏移を見るためにフィルムを装填したいのだが、デジタルカメラの裏蓋を開ける機構がどこに隠れているのかわからない。古書店の廉価本コーナーに座っている釣り堀のおやじは夕焼けを眺めながら、いつものおかしな息継ぎもなしに「マーラーはこの曲がり角でときどき火事に出会う」とつぶやく。
警察署の周囲に張り巡らされた有刺鉄線が、ことごとく糸こんにゃくと化し、余った針金は「しらたき」として束ねて結んである。遠く崖線に沿って走る高速道路の上を、捕縛を逃れた巨大な白い人がゆっくり歩いていくのが見える。
そこは意外なほど近所なのに、いままで見たことのない谷あいの暗い道沿いある。有刺鉄線で囲まれた釣り堀に鮭が放流されていて、手掴みで鮭をつかまえる人で賑わっている。
僕はそこに鮭を捕りに来た。もうずいぶん遅い時間で、客はどんどん帰っていく。僕は水深が気になっている。係のおじさんが二人、運転免許証があるか、とたずねる。僕は免許をもっていない。今日はしかたないから入れてあげよう。
彼らはなにかを待っていて、それが来るまで僕は入れてもらえない。彼らと世間話をするのが、しだいに苦痛になっている。しかし愛想を保ちながら、彼らが堀の内面に作った透明な壁の話などを、感心しながら聞いている。どんどん暗くなって、どんどん客が少なくなる。