Mが身籠った、とNが言う。Nは、父親は私自身だと言う。しかし君は女じゃないか。するとNは、間接的にあなたが父親だ。だからMと一緒になれと言う。
ほとんど初対面のMと、どうしてやって暮らしていけるのか自信がない。Mとぎこちなく校庭を歩く。競技場の真ん中にあいた小さいオーケストラピットから指揮棒を空に繰り出すが、穴が深すぎて誰の目にもとまらない。
rhizome: 穴
宿泊体育館
山田興生さんが吉祥寺にある廃れた体育館を改装して、宿泊施設を作った。五十センチほどの正方形の出入口がひとつあいているだけで、中はなにもない。中に入った人は無意識を共有し、みなが見ている夢の一部を自分も見るので、とくに何も用意しなくても大抵のことはなんとかなる。いいアイデアでしょう、と山田さんが言う。山田あっこさんが、体育館の裏手で粘土の餃子を作っている。入口の大きな靴ぬぎ石にサンダルを脱ぎ、これで三度目になるなと思いながら穴に入ろうとするが、奥行きは今までより長く感じられ、なかなか室内に抜け出せない。
Kの地下工房
壮年の幸村氏を訪ねると、自宅の下に広がる傾斜した地下洞窟へと案内される。地下水の流れる沢を、K氏は岸から削り出したわずかな足場を伝って器用に進むが、僕にはどうしても渡れない狭い場所がある。洞窟のあちこちにラジカセや物置などが無造作に放置されているのは、子供のころからここが自分の家の庭だからだ、とK氏は主張する。
ところどころ地上に空いた穴から、光が差し込んでいる。傾斜のいちばん高い所に開いた穴は、駅からここに来る途中の道で見たマンホールほどの穴に違いない。上から覗き込むと、岩場に水が流れて見えた。
K氏は物置から自作のヒラメを出してくる。ヒラメの体を触ると、位置によってさまざまなだみ声を発する。抵抗を計る方式では精度が出ないから、教授の助言で無数のスイッチに作り変えた。声は世話になったその教授の声だ、とK氏が言う。しゃがれたテナーサックスが吹く「四季・十月」が、だみ声と混じりながら洞窟に響き渡る。こんな場末の酒場のようなこてこてのチャイコフスキーは聴いたことがない。
屋根裏展示場
土曜日の短い授業を終え、小学校の階段を上がっていくと、上の階に行くほど階の面積は狭くなり、最上階は小さい屋根裏部屋になる。藤田という女性が、そこで展示の準備をしている。藤田さんは昔P3で会ったと言うが、まったく覚えがない。和紙の一片に好きな模様を描き人形に貼ってほしい。そうやって多くの人が作くっていく作品なのです、と言う。屋根裏部屋へは階段で来たはずなのに、降りる階段はなく、穴から階下に飛び降りるしかないようだ。紙辺に無数の十の文字を書き、人形のうなじに貼る。
不意の舞台
公園の傍らの小高い丘の上で、われわれは待ち合わせている。しかし、隠れなければならない。丘の上に洞穴があり、そこに寝そべっている。穴のなかから見ると、出口はほんの数十センチメートルの横に伸びたスリットで、そこから出られるのか、そこから発見してもらえるのか、不安になっている。
棟をならべた向かいの校舎に、火が見える。火事だと思ってみんな騒ぎはじめるが、それは巧妙に作られた舞台の大道具で、風を含んで波打っている巨大な布と、投影機のようなもので作られていることが判明する。これはすばらしい、と言って拍手を送る。
舞台稽古が始まる。僕は主役の王様であるのに、まったく練習をしていない。そんなに台詞は多くないから大丈夫だろう。
舞台に立っている。咳払いをして、狂言風に「誰かある」「侍従はおらぬか。台本をもて」「タコクジラ、ブタゴリラはおらぬか」
うまくいったようだ。これで台本を持つ口実ができた。召し使いが台本をもってくる。あとはこれを読めばいい。
しかし、台本には細かい字で、ぎっちり台詞が書いてある。意味がわからない。つっかかって読めない。マイクロソフトなんていう単語も入っている。ここ、もう一回やらせてください。焦る。稽古を見ている観客のどよめきが聞こえる。