rhizome: 授業

藻類標本小屋

ぜひ見せたいものがある、と黒人の庭師に案内されたのは広い芝生の隅にある黒く塗られた小屋だった。持っていたノートを芝生に置き、上下に開くガラス窓を開けるのに手を貸すと、小屋の中にはさらにもうひとつ小屋がある。中の小屋から屋根を外すと、それは木の水槽だった。なみなみと張られた水はなぜか絶えず流れ、世界各地から集められた水藻が糸見本のようにたなびいている。集まってきた女子高校生たちが「わあ綺麗」と声をあげるが、暗く絡まり合う藻は美しいというより恐ろしい。
そろそろ講義が始まる時間なので、と言ってその場を離れるとノートがない。高校生のひとりが遺失物として届けたと言う。彼女に案内されて教務課に出向くと、薄い和紙をカットして作ったシールを受領証明としてノートに貼らなくてはならないと言う。安齋というアウトラインフォントの複雑な不要部分を剥がしながら、申し訳ないけれど授業が始まるからと、撚れた齋の字を無理やり手で押さえつけた。

(2013年8月23日)

気遣い小学校

小学校の国語の授業を担当することになり、先生方と打ち合わせを始める。背後の窓際に眼をやると、陽射しの中でSamは胸をはだけたまま居眠りをしている。先生たちは、それをずっと見ていたはずなのに、誰ひとり指摘する者はない。そういう気遣いは誰のためにもならない。寝ぼけたSamを膝に引き寄せて、乳房が股にあたるのを感じる。
隣の部屋に設置された蒸気式の機械に、職人たちは枕の大きさもある餅を無造作に投げ入れる。餅には木屑などが付着しているが、餅は十分に大きいので、表面を削って内部だけを使ってもちゃんと結果は出力される。餡子をたっぷり包み込んだ柏餅をひとつ、頂戴する。

(2008年2月28日)

黒板セルオートマトン

数学のテキストを抱えて、教師である僕が教室に入ると、生徒たちはすでに着席して黒板を凝視している。そこには人が書いたとは思えないような緻密かつ乱雑な模様が敷き詰められている。いくつかの部分はアニメのように動いていて、いま羽を広げた鳥のようなものが、右下の方から左上に向かって上昇してきて、なにかにぶつかって砕け散った。
これは、チョークの粉が纏まったり分離したりすることによって起こる、一種のセルオートマトンだ、と説明をしながら、今日の授業をこの黒板を消して始めるかどうか迷っている。

(1996年10月21日)