中2階のフロアいっぱいに、透明アクリルパイプで構成された広大な回路がある。どこかから母の声がするので探し当てると、パイプの中で止まっているただのローラースケート靴だ。いまイオンで買い物をしている、携帯電話をかけているわけじゃない、など靴と会話できる。技術者の浦野くんが、遠い声が共振してしまう「ハブ鳴き」現象だという。
エレベーターのボタンをタイミングを合わせてうまく押すと、地下中2階に止まることができる。ドアの向こうに海岸が広がっている。砂浜に斜めに立つ柱は、円錐状に広がる何本もの紐で支えられている。やわらかいほろほろ鳥が、先端に突進しては紐の間を無理やりすり抜ける遊びに興じている。
rhizome: パイプ群
人間でないもののための音楽
ベートーヴェン交響曲7番ピアノ独奏版を弾く永井さんを指揮しようと棒を振り上げると天窓越しに高いクレーンの先端から人が落下するのが見え、遠くでどすんと音がする。ここのひとびとは一様に顔まで覆うスウェットスーツを着て、人間であることを隠しながら暮らしている。人間の子供たちは、点在する砂場ごとに裸で埋まって身を潜めている。しかし、スーツの中を満たしている人間でないひとびとのための音楽は、人間にはまったく音楽として聞こえない。
高層マンションは大規模修繕のため、四階から上の階が分解撤去されている。天井を這う四階のパイプ群が軍艦のように空に向かって露出していて、複雑な構造が白一色に塗られたところだ。ハッチを開けて部屋のひとつに下りていくと岩間さんがいる。普通に暮らしているんだね、というと、僕の言語が理解できないという顔をする。
アリ塚工場
ベランダから遠くのビルを眺めていると、空から小型機がゆっくり降りてくる。警報音を鳴らしているので、墜落するのだ。カメラを取りに部屋に戻ると「飛行機が墜落するときは自分のところに落ちてこないと思いがちですが注意が必要です」という女声のアナウンスが警報音に混じって聞こえる。悠長な飛行機だと感心する。
信じられないほど遅いスローモーションで落ちてくるのは、事故の一瞬が長く感じられる脳の内部時間の効果だ。止まったような飛行機にカメラを向けてシャッターを押すが、ダイアル設定がおかしくてシャッターが切れない。そうこうしているうちに、飛行機は向いの棟をぎりぎりかすめ、あとから自動車まで降ってくる。ようやくシャッターが切れたのは、落下物が工場の敷地のあたりで消滅したあとだった。
階下の工場に降りてみると、金属板を叩いて作ったソラマメ形の頭がころがっている。ソラマメを夢中で撮りはじめると、工員は迷惑そうだが咎めもせず自分の仕事に没頭している。工員のシルエットの隙間から狙った遠景にフォーカスが合うと、ファインダーの中に金属ソラマメとパイプで構成された巨大なアリの巣が現われる。