rhizome: 蒐集

藻類標本小屋

ぜひ見せたいものがある、と黒人の庭師に案内されたのは広い芝生の隅にある黒く塗られた小屋だった。持っていたノートを芝生に置き、上下に開くガラス窓を開けるのに手を貸すと、小屋の中にはさらにもうひとつ小屋がある。中の小屋から屋根を外すと、それは木の水槽だった。なみなみと張られた水はなぜか絶えず流れ、世界各地から集められた水藻が糸見本のようにたなびいている。集まってきた女子高校生たちが「わあ綺麗」と声をあげるが、暗く絡まり合う藻は美しいというより恐ろしい。
そろそろ講義が始まる時間なので、と言ってその場を離れるとノートがない。高校生のひとりが遺失物として届けたと言う。彼女に案内されて教務課に出向くと、薄い和紙をカットして作ったシールを受領証明としてノートに貼らなくてはならないと言う。安齋というアウトラインフォントの複雑な不要部分を剥がしながら、申し訳ないけれど授業が始まるからと、撚れた齋の字を無理やり手で押さえつけた。

(2013年8月23日)

平行世界の職人たち

工具箱の中には、専門外の人間には用途の見当もつかない奇妙な器具がいくつも無造作に投げ込まれていて、人類のすべての道具をアーカイヴしているわれわれにとってこのうえなく貴重な宝箱なのだが、工具箱の持ち主である彼らはあっさりと箱ごとそれを貸してくれた。助手は土手の上の明るいところまで道具箱を運び上げ、棚田のように飛び出す蓋を左右に開き撮影を始めた。助手は個々の道具をレイアウトしなおしながら、ふと思い出したように僕の黒いノートが山頂のあたりに落ちていたのを見たと言う。なぜ拾ってこないんだよ、拾うだろうふつう、と彼を責め立てながら、「れめめwiki」の新しい項目としてノートに書かれていた「アッケポロウ」という顔料の精製方法を思い出してみるが、記憶が細部までつながらない。工具箱の持ち主たちは、その顔料をマッシュルームの入った塩ケーキを作るやり方で作り始めている。彼らは可能世界の職人なので、道具箱がなくても比喩的な方法でなにごともこなすことができる。

(2013年7月27日)

モンシロチョウを集める

モンシロチョウをたくさん集めている。蝶は、あちらにもこちらにもたくさん飛んでいる。しかし蝶を入れる箱がないので、ズボンの中に蝶を入れることにした。ズボンのゴムを注意深く開かないと、蝶が逃げたり傷ついたりしてしまうのだ。腰のあたりに、モンシロチョウがどんどん溜まっていくのが感じられる。

(1996年8月8日)