rhizome: 硬貨

遺失物袋

土でできたスタジアムのカルデラ外縁を歩きながら、すり鉢の中で遊んでいる子供たちが投げ上げたボールを拾う。投げ返すつもりが、外側の壁と道路の隙間に落としてしまう。狭い隙間に降りると、管理のおじさんたちから「安斎さん」という付箋をつけた袋を渡される。そこにはかつて自分が隙間に落としてしまった五百円玉などがたくさんつまっている。

(2016年5月15日)

日暮坂の群がり

日暮里の入り組んだ谷を登りつめると、怪しい人だかりが最後の坂道をふさいでいる。群がりを観察すると、それは数人の女を先頭にして、それぞれから延びる行列のもつれ合いだった。並んだ男たちは手に五百円玉を握りしめ、順番が回ってくるのを待っている。最前列の男が着衣のまま女の腹部に腰をこすりつけると、昆虫の交尾のように瞬く間に果てる。僕は連れの女とこの怪しい道を通り抜けたいのだが、なかなか前に進めない。そればかりか、じきに日が落ちてしまう日暮坂の夕景色を見ようと促しても、女はすっかりこの光景に目を奪われ、坂を登ろうとしない。

(2013年10月16日)

瓦落多の馬場

自動改札を詰まらせてしまった子連れの女の傍らに、改札装置の内部に詰まった瓦落多を駅員が次々と取り出しては積んでいくので、見る見るうちに背丈より高い山になってしまう。申し訳なさげなその女と、僕は目を合わせないように隣の改札を通過し、エスカレーターで高架のホームへ向かった。しかしあの百円玉や針金細工や半濁音や冠詞の混じった瓦落多は、写真に撮っておくべきだった。
高田馬場のホームはミルク色に沈殿した霞に浮いていて、毎日の利用者でありながら異様な標高に足がすくむ。ミルク色に沈殿した雲海から突き出す建物の影はそれぞれでたらめに傾斜しているので、垂直に立っていることができない。タイル貼りのベンチの背に手をついて恐る恐る移動していると、改札の女が軽やかに行く手をよぎり、彼女のふくらはぎに躓いてしまう。

(2012年9月23日)