rhizome: 海老

ThinkPadの川海老

ThinkPadの深いディレクトリに、ここで見せるべきプログラムが入っているにもかかわらず、その起動方法がまったく思い出せない。ディレクトリを一段降りていくたびに、記憶が朧げになる。なかばやけになって、キーボードの下にあるもうひとつの蓋をあけると、小箱のような水槽から川海老があふれてしまっている。いくつか手で掴んで戻すが、ほとんどは動きもせず死んでいるようだ。こんな作りじゃ、鞄の中で水がこぼれてしまうじゃないか、と、いい加減な設計者に対する怒りがこみ上げてくる。

(2005年10月11日)

オレンジ色の人影

砂埃の舞い上がる乾いた土地の遠方に、オレンジ色の人影が横切っている。アクリル板で作られた人体模型のような、あるいは透明で厚さのないイセエビの幼生のようなその生き物がいつのまにかすぐそばまで接近してくると、血色の良い太った男で、その男の笑顔にひどく落胆する。

(2003年6月1日)

海を臨むマンション

まさか住み慣れたマンションに地下があり、しかもそこにRが住んでいるとは思いもよらなかった。プールの底がガラス張りで、そこを天窓とする地下にもうひとつプールのある部屋がある。光がこぼれ落ちる二重底プールが隠されていたのだ。
「隠すつもりはなかったんだけど」と、彼女が開けた窓から海が垣間見える。ああ、海沿いの崖を登ったときに見えた窓はここだったのか、と納得する。

厨房の勝手口で、コックが「魚お造りしましょうか?」とRに声をかける。長年住んでいるが、このマンションに食堂があり、こんなサービスがあることを知らなかった。食堂で中庭のおしゃべり女たちに混じって食事をとる。ここで食事をとるのも、もちろん始めてだ。常連たちの視線がRと僕に注がれる。オマール海老を剥いていると「そろそろ出発の準備しないと」とRに促される。

着替えるために二階の自分の部屋に戻ると、新聞勧誘員の清水と名乗る男が待っている。清水は、これから階下で始まる出発の儀式のために正装を用意したと言う。これを着て「海ゆかば」を歌いながら出発してくださいと言う。僕は年齢的にも思想的にもそういうことはしないのだと言いながら海軍将校の軍服らしきものを手にとると、それはジャージで、背中にジャイアンツのマークが入っている。

一階の入り口にはたくさんの人が集まっていて、この事態に困惑するRの顔も見える。小学生たちが駆け寄ってきて、あんざいさんの生まれた家を知っている、と言って指さした指の先からジグザグの光線が描かれ、光線の先をたどると確かに中台の実家の勝手口に届いている。現在そこには、見知らぬアル中の主婦が住んでいる。アル中女は、おぼつかない手で握ったコップの酒をぶちまけてしまい、酒は窓に張り付いた野生の海老にかかる。遠赤外線ストーブの熱がガラス越しに海老に当たり、酒蒸しになった海老がしだいに良い匂いを放ちはじめた。

(2000年6月19日)