rhizome: 小さい車

無言タイプの妹

検査のため病院のベッドに横たわっていると、下半身の衣服をまとめて引きずり下ろされる。先端に太いネジのついたゴムサックを性器に被せ「このまま少しつけていると、沁みだした液体を解読して全部の検査が終わるから」と看護婦さんが言う。
しばらく病院のあちこちを歩きながら、ゴムの先端ネジをカメラの底にねじ込むとぴったり嵌る。思った通り、雲台と同じネジ規格だ。看護婦さんがサックを外しに来る。もったりと他人のような性器が現われ、濡れた薬の匂いを放っている。
一人乗りの小さい車で水路沿いのバラック小屋に帰ると、玄関の前で声をあげて争うふたりの子供がいる。仲裁のために近づくと、子供の姿はなく、水の入った二つのペットボトルの間に赤い蟻が行列を作っている。玄関から覗くと、妹が帰ってきている。お医者さんから検査結果を聞くのを忘れてうっかり帰ってきちゃったよ、とおどけてみせるが、妹は終始無言だ。何か怒っているわけではない。これは声が欠落した種類の妹なのだ。

(2015年7月1日)

手綱つきバス

上板橋と常盤台の間に、廃棄物処分場予定地がある。長い間空き地になったままのこの場所をバスが走っている。男が地面にコンクリートを流し込んでいる。彼は計画のはじめからかかわっている都の職員で、何度かここで顔を見たことがある。
ぬかるんだ細長い空き地をゆっくり走りながら、バスは自分自身を小型化していく。ついにデスクトップPCの大きさにまでなると、僕はキャスター付きデスクトップパソコンに犬の手綱をつけ、PCケース上面にまたがる。これでは一人しか乗れないので、同乗していた連れはいつのまにか歩いている。そっちのほうがバスよりずっと速い。
蛇行しながらようやく到着した常盤台のガレージで、待ち構えていた都の職員にバスを引き渡すと、彼らはバス内部に詰まった空中配線に空気を吹き付け、たまった埃を掃き出した。

常盤台の商店街で、芋菓子屋の暖簾をくぐると、ばったり泉に出くわした。ここで偶然出会うのはこれで二度目だ。

(2013年10月31日)

貴腐チーズの知恵

石神井川から江古田の城へ至る入り組んだ城壁の奥へ奥へと分け入り、ついに白カビに包まれた腐ったチーズを手に入れた。それは新しい言葉のように、なにかをうまく説明してくれる。しかし何を解決する概念なのかはよくわからない。腐りかけのチーズは絶品だけれどこれは限界を超えているかもしれないね、とチーズ好きの佐藤さんが言う。
僕は折り畳み式自動車を小脇に抱えて、ここから脱出する手立てを考えはじめる。小さすぎる自動車には片足しか入らず、アクセルにもブレーキにも足が届かない。城壁に縄をかけ、屋根伝いに脱出する道を模索しはじめると、チーズから浮き出た白い胞子嚢たちがいっせいに頭を振りはじめ、迷路問題を解決しようとしている。

(2013年9月30日)