アスキーの福岡さんと、ガラスのプリズムを使った新しいプログラム言語について話している。ヒレ肉をY字に切って三等分する問題を、どう解決するのかなどなど。問題が行き詰ったところでふと、実は自分に孫ができたのだけれど、初音ミクのように物理的な実体のないただの歌なんだ、と話題を変えた。
rhizome: 歌
バナナシュビドゥバ
十ある課題をクリアすれば、この巨大な建物群から抜け出せることはわかっている。八つ目までは(それがなんだったか思い出せないが)なんとか切り抜け、九つ目がいままさに解かれようとしている。それは、短い黒髪の女性を発見して救い出すという課題。肩に小さい刺青のある女性は、宗教上の理由からそれを外套で隠さないと絶対に動けないと主張する。やむなく僕は天井から縄で女性を吊り上げ、ドラム缶へ格納することに成功した。すると彼女は、次の課題の答えをまんまと教えてくれたのだった。建物の屋上伝いに、彼女の教えてくれた店にたどり着くと、暗い極彩色のペンキでぬり分けられた店内にウサギのウエイターが迎え入れてくれる。「バナナシュビドゥバ」という短調のテーマ曲が執拗に繰り返されている。この夢といっしょにこの歌を採譜せねばと、何度も頭の中で音符を書いたが、すぐに記憶が消えてしまう。
合唱の死
鉛筆のように細長いビルの内部に、たくさんの歌い手たちが右往左往している。人と重なるようにして狭い階段を降りながら、長く伸びたひとつの声を発すると、どこからともなく半音上の音が重なってくる。いつのまにか、旋律のない単音が重なっては消えるゆったりとした和声の集団即興が始まり、狭い建物の内部に満ちる。あるとき、全体が完全五度の二音に収束し、それがたっぷり長く続く。勇気をもって、半音上の短六度を加えると、ふたたび音の束は複雑にほつれはじめる。最後にもういちど、自分にシステムの趨勢がかかる瞬間がやってきたので、自分の発していた声を半音あげると、終止が訪れ、全員の声がしだいに遠のいていった。
海を臨むマンション
まさか住み慣れたマンションに地下があり、しかもそこにRが住んでいるとは思いもよらなかった。プールの底がガラス張りで、そこを天窓とする地下にもうひとつプールのある部屋がある。光がこぼれ落ちる二重底プールが隠されていたのだ。
「隠すつもりはなかったんだけど」と、彼女が開けた窓から海が垣間見える。ああ、海沿いの崖を登ったときに見えた窓はここだったのか、と納得する。
厨房の勝手口で、コックが「魚お造りしましょうか?」とRに声をかける。長年住んでいるが、このマンションに食堂があり、こんなサービスがあることを知らなかった。食堂で中庭のおしゃべり女たちに混じって食事をとる。ここで食事をとるのも、もちろん始めてだ。常連たちの視線がRと僕に注がれる。オマール海老を剥いていると「そろそろ出発の準備しないと」とRに促される。
着替えるために二階の自分の部屋に戻ると、新聞勧誘員の清水と名乗る男が待っている。清水は、これから階下で始まる出発の儀式のために正装を用意したと言う。これを着て「海ゆかば」を歌いながら出発してくださいと言う。僕は年齢的にも思想的にもそういうことはしないのだと言いながら海軍将校の軍服らしきものを手にとると、それはジャージで、背中にジャイアンツのマークが入っている。
一階の入り口にはたくさんの人が集まっていて、この事態に困惑するRの顔も見える。小学生たちが駆け寄ってきて、あんざいさんの生まれた家を知っている、と言って指さした指の先からジグザグの光線が描かれ、光線の先をたどると確かに中台の実家の勝手口に届いている。現在そこには、見知らぬアル中の主婦が住んでいる。アル中女は、おぼつかない手で握ったコップの酒をぶちまけてしまい、酒は窓に張り付いた野生の海老にかかる。遠赤外線ストーブの熱がガラス越しに海老に当たり、酒蒸しになった海老がしだいに良い匂いを放ちはじめた。