地面を這うように自生した金木犀の草には、橙色をした拳大の巨大な花がびっちりついている。薔薇の花を育てている小学生たちや、金木犀の写真を撮っている青年など、路地裏の人々がゆっくり時間を過ごすなか、観光客のように歩いている僕とRは異質なよそ者だ。しかもRが薔薇の花を一輪手折ってしまうので、僕は小学生たちの視線が気が気でない。
広場の縁にある二階建ての廃屋から火が出ている。上手に焼けてしまえば解体する費用が浮くので、持ち主にとっては好都合なのだろうと思いながら眺めていると、二階部分に溜まった大量の水がいっきに溢れ出して火を消してしまう。二階の窓から覗いている人形のなまめかしい首を撮りに行こうとRが言う。火事があった部屋とは思えないまっさらな畳の部屋に寝転びながら写真を撮っていると、僕のカメラはメカ部分が壊れてしまう。Rが自分のデジタルカメラから不要のカットを一枚取り出して捨てると、ポジフィルムには人形の全身が写っている。
rhizome: 栽培
巨大トマトの娘
砂でできた巨大なさいころの中腹に洞穴があり、奥に行くほど狭くなる。ホーンスピーカーの奥を覗くようにして、Sとともに入ってきたこの砂のホテルの受付に料金を尋ねると、宿泊するなら夜11時以降にもう一度来るように言われる。奇跡のようにここまで来たのに、ふたたび砂のホテルの外に出て彼女の家まで歩いていくことになる。初めて会う彼女の父親は巨大なトマトを育てていて、ひとつ食べてみないかとすすめられるが、あまり旨そうではないそのトマトを一口かじって、絶対に食べきることのできないサイズのトマトを結局食べ残すならどこで残しても同じだということに気づいて、トマトにしては変にぶよぶよなその大きな物体を放置することにした。さてそろそろまたホテルに向かおうかとすると、弟か子供かわからない男の子が妙に僕になついてしまい、いっしょに門を出たところでじゃあここでばいばいね、と言ったとたんに泣きじゃくり、こんなに家族と仲良しになってしまっては彼女に邪心をいだけないではないかと困惑するのだった。
冷凍花束
窓に差し込む照り返しが季節によっていろいろな色に変わる理由を、今日まで考えたことがなかった。大きな花壇のある隣家の住人が、明日引っ越すということで挨拶にやってきて、この家の花が季節ごとに色を塗り替えていたのかと得心する。お別れの寂しさを保存するには生より冷凍のほうがいいから、と言って凍った切花をくれた。
あの花壇はどうするのですか、と訊ねると、卒業して離れ離れになる人々が記念撮影をするのでそのままにしておくと言う。霜のついた脆い花びらを壊さず解凍するにはどうしたらいいか考えていると、卒業する人々から次々凍った花をもらい、大きな霜の花束になってしまう。
荷造りでごった返している隣家を覗くと、塀に大きな穴があいていて、その向こうに広がる極彩色の庭には、厚く塗られた半乾きの油絵具が、植物として繁茂している。
犬の兄貴たち
藤枝守さんと野菜を育てる話をしていると、階下にジャニーズ系グループの少年たちが集まっている。近くでキャンプをしていたらキャベツがないことに気づいたので、借りにきたのだと言う。キャベツを借りにくるという奇妙な行動には感心するが、しかし借りるなら返してほしい、と言う。
小さい愛犬とともに、少年らを送りに出る。途中で愛犬の鼻先に手を置くと犬は眠ってしまう。いっしょに路上に寝ころんで、すっかり犬が寝付いてしまうのを見届けてから彼らは帰っていった。目覚めた犬と手をつないで帰る道すがら、男の子たちが帰ってしまったことに落胆する犬の話を聞いてやった。彼は、ああいうとびきり悪い兄貴がほしかったのだと言う。