猥雑な古本屋に布団を敷いて、赤い下着で女と寝ているところを母親に起こされた。気まずい空気のまま和装の母はどんどん老舗の料理屋にわれわれを導き、乱雑な卓のひとつに座らせると、そのまま自分は姿を消してしまった。客が入るたびに卓は隅に追いやられ、料理も来ないままほとんど座る空間もなくなってしまうので、これはどこがおかしいと席をたつ。料亭からの帰路、割烹着のまま歩き煙草を始める母を見て、この母を演じている女は女優としてどこか間違っていると思う。
rhizome: 布団
鬼子母神簡易宿泊所
交差点の四つの角のうちの三つに、僕らはそれぞれ腰かけて、音楽と自己組織化について話をしている。お互いの表情は遠くて見えないのに、小さい声はすぐそばに聞こえる。音の反射が音の虚像を作るんだよ、と虚像のikegさんが言う。
鳥居が並ぶ鬼子母神脇の道端は、区画ごとに布団が敷かれた宿泊所になっていて、時計はまだ九時で帰れないこともないのだが、今夜はここに泊まることにする。
道端の布団でくつろぎながら、感情の幾何学について熱弁するkazetoに、君の研究は非常に重要だとエールを送ると、彼はさっと手をあげて帰っていった。鬼子母神の赤い木組みの迷路に紛れ込み、待ち構えていた内田洋平らしき僧から梅酢と出汁で煮込んだ山芋をいただく。
屋敷の壊れもの
その女とは、広い田舎屋敷のどこかでたまたま席を隣り合わせただけだが、それからずっと女のことが気になっている。広間でうたた寝をしている時も、薄く開けた目に玄関から入ってくる女の姿を感じ、薄掛け布団を上にずらして気付かれないように身を隠した。
奥の狭い部屋に女と女の友人の気配を感じ、引き戸の前を何度か行きつ戻りつ、意を決して偶然を装い部屋に入ると、布団のほかは何もない。布団をめくると、彼女の顔は試合後のボクサーのように腫れて膿が出ている。大事なものは壊れる。そう思いながら、何をすればこの人を癒せるのか、それがわからず途方に暮れる。
木造合宿
高層の日本家屋は、築何十年になるのか誰も覚えていないほど年季が入っていて、あちこちの軋みが繰り上がって最上階に集まってくる。窓を開けると、はるか地上の広場に駐車してあるはずの車が、目の高さの蜃気楼として見え、薄もやに僕自身のブロッケン現象が影と虹を落としている。
夜の宴会で、ひとりだけ浴衣に着替えた茂木健一郎となにやら話をする。彼は、窓を十センチくらい開けて小便をしている。寝床に帰ろうと最上階の部屋へ行くと、部屋割りとは関係なく布団が敷いてあり、僕の部屋には大人用と子供用の布団が一枚ずつ。これは、どこかの家族に割り当てられたに違いない、と確信するが、子供用の布団にはすでにNHKの背の小さい人が潜り込んでいる。いくら小さくてもそこに寝てしまっては困る家族がいるのではないか。
布団列車
電車に乗って、都心に帰ろうとしている。台車だけの電車は、すし詰めの旅館のようで、進行方向を向いた布団、垂直に並んだ布団、斜めに雑然とした布団などが敷き詰められている。囲いもないのに、誰も落ちない。きっとこうして目的地に到着するまで寝付けないのだろう、と思いながら、掛け布団にもぐりこんでいる。