一面砂の斜面は、一度降り始めたら止まらないほど急峻なゲレンデで、先に降りてしまった相方がどこにいるのかもわからず、怖気づいて滑り出すことができない。しかも、スタートラインより前は広告ページになっていて、どのページまでが広告なのかは、見る人によって判断が異なる。また「しまぶくろの理論」と称する解説ページも挿入されていて、斜面を滑るときの意識の集中ゾーンがおでこのあたりにあることが示されている。ページをさかのぼって屋上には、白いコンクリートにローラーを転がして、亀裂に雑草を植えている男がいる。
rhizome: 滑り落ちる
扇階段
扇状の階段は上に行くにしたがって傾斜が急になり、そのうえ階段は徐々に角がとれて丸くなるので、いつ階段が段のない滑らかな大理石になってしまったのか、低温やけどのように気づくことができない。
この厄介な壁を登りつめないと、次のステージに行けない。前を行くハイヒールの女は、危うく滑りそうになりながらもなんとか小さい出口から姿を消した。ところが僕は、何度やっても滑り落ちてしまう。サポートの友人たちが、腕や足にマジックテープを巻いてくれたが効果はない。おそらく僕には無理だ、越えられない、と項垂れた頭をもちあげると、そこは扇の外だった。
そう、何も考えないほうがうまくいくことがあるのだ。腰をかがめてそこを出ると、驚くほど何もない広大な地面が広がっている。
劇場地獄
赤いフェルト貼りの階段を、太った中年女がゆっくりと上っていく。ちょうど目の高さに女の白いふくらはぎが来る間隔を保って、僕も階段を上っている。指定席を探しているのだが、どこまで行っても目指す座席番号に到達できない。女は座席を見つけたのか、いつの間にか消えている。ついに劇場の最も高い壁の淵に一人で立っているのだが、ここはもう座席ではない。壁にはやっと乗るほどの足場があるものの、壁自体が斜めにせり出しているので、縁に指をかけないと落ちてしまう。恐怖心を振り切りいっきに渡りきると、同じようにしてたどり着いた人たちが落葉のように吹き溜まる場所がある。床板の傾斜に堪えながら、番台の男の出すクイズに答えないとここから帰ることができないルールは、テレビを見てよく知っているのだが、滑り落ちないように手足をつっぱるばかりでクイズどころではない。
落下する本
高いビルディング。わずかなスロープがある。その地上階からガラス越しに外を眺めていると、ばらばらと音をたてて無数の本が落ちてくる。
ビルの高層階の壁面にびっしりと敷き詰められた本が、毎朝ある時刻になるといっせいに落ちる仕組だ。こんな早朝にこんなイベントを、いったい誰に向けてやっているのだろう。怪訝に思いながら、ガラス窓の外にうずたかく堆積した本の山の近くまで行こうとビルの外に出るが、なぜかその場所に行き着けない。
堆積した本は、かならず誰かが夜までに回収しているに違いないというのに。
海外に通じる階段
草原真知子さんが「いい道をみつけた」と言うので、彼女に案内されるまま地下へ続く階段までやって来た。地下へ降りる階段にしては、底の方が妙に明るい。
階段は表面の木がほとんど見えないくらい一面に本が積み上げられていて、それが草原さんの収集した本であることはすぐにわかる。
「これじゃ通れないわね」と、彼女が積まれた本を押し倒すと、本の山は別の山を崩しながらどどっと地下のほうに崩れ落ちていく。
ほとんど本でできたその階段を這いつくばって降りていくと、北欧のとある集会所にたどり着く。こんな方法で簡単に来られでもしないと、しょっちゅう海外に出るお金もないわよ、と草原さんが言う。
北欧の集会所で、僕らは何人かの知り合いと話している。まったく言葉の通じない初老の男(彼はエルキ・フータモのように睫毛が白く瞳の色が薄い)が、まったくこちらの目を見ないで話しかけてくる。彼は、僕のことをよく知っているらしい。
わかりやすい英語をしゃべる若い男が差し出す本を開くと、中に日本語がまじっている。しかし、その日本語らしきものが解読できない。「チンプンカンプン」と僕はおどけて叫ぶと、その若い男はさも意味が通じたかのように高らかに笑う。チンプンカンプンの意味もチンプンカンプンであるはずなのに。
同じ階段を昇って、帰ろうとする。しかし本はますます雑然と増殖していて、ほとんど頭が通るか通らないかほどに狭まっている。無理矢理通ろうとすると、体のあちこちを擦りむいてひりひりする。
やむなく僕は、ドイツをめざして階段を降りはじめる。それは果てしない螺旋階段。僕は急がねばならないので、もう足をつかって駆け下りる時間はない。階段の手摺を滑り降り、ついにはお尻も離し、両方の掌だけで滑り落ちていく。途中、何人かの男を蹴落としてしまったかもしれない。
階段の果てには、座敷に膳が用意された薄暗い店がある。そこはまだドイツではない。しかしそこで食事をしないと、先に進むことができない。急ぎながら喉に流し込んだ液体が、信じられないくらい旨い。