そういえば最近飛んでなかった、などと言いながら部屋の天井まで空中浮遊してゆかさんの気を引こうとするのだが、忙しくてかまってくれない。医学生でない一般人のための人体解剖ワークショップが始まろうとしている。体育館の入口から何体もの死体が台に載って入ってくる。いくつものグループが待ち受ける。このチャンスを不意にするわけにはいかないが、このまま逃げてしまいたい気持ちもある。自分のチームはすでにところどころ赤や青に変色した男の死体にとりかかっている。前かがみに死体の腕を押さえつけた女の胸元から大きな生々しい胸が覗いて、これはどこかの小説で読んだ対比だと思う。死体に鋏が入ると、死体は痛い痛いと言って拒みはじめる。死んでいないのか。担当の医大生が「戦争でちゃんと脳死を確認しないと、こういうことがたまにあります」と言う。
rhizome: 戦争
ステルス蛾
寺尾さんが金属製の蛾を捕まえてきて、日本軍はこうやってゆっくりと気づかないうちに戦争を容認させるのですよ、と言う。8階のバルコニーに出てみると、白いステルス機がひらひらと舞っている。向かいの棟の壁面にとまると、大きな三角形のステルス機はひたと動かなくなる。
木箱戦争
中野坂中腹にある屋台では、受付窓から次々と食べ物が提供され、集う同志に食べ方を説明する必要がある。
男は3階建て木箱の3階に布団を敷いて住みつき、監視と戦っている。事情を知らない女が布団に入ってきては裸のまま外に出ようとするので、そのたびに監視に見つかると諭すのだが聞いてくれない。監視は機械群で人間の形すらしていない。突然地面に穴が開きテレビカメラ状の眼で睨んでくるので、飲みかけの炭酸飲料を詰め込んでやる。
最下階の図書館にたむろする中学生は、監禁されていることを知らない。中二階の階段に潜望鏡のモニターがあり、そこに棲みつく鼠がいる。鼠の遺伝子に感染を試みると、鼠は次々と病になり、病の鼠が機械の中枢まで至り、ついに機械の感染に成功する。
かくして木箱のあちこちが壊れはじめ、木箱を操る監視の人影の退却が始まる。監視の影は去り際に、監禁された人間の服をターゲットに色彩の弾を放つだろう。われらはみな服を脱ぎ棄て3階の隅に退避すると、3階建の木箱ははじめて線路上を走り出し、交番の前で止まった。
戦争博物館の血模様
木も人も家もなにもないイラン高原を歩いていると、突然眼下に崖が切り込み、おいしそうな食べ物の匂いが立ち上ってくる。崖の中腹に嵌め込まれた金魚鉢の内側で、久米姉妹が浴衣を着て日常生活を営んでいる。僕は彼女たちとともにガラスの内側にいて、外の男たちを軽蔑している。崖の底では小さいカラフルな象たちが、泥まみれになって遊んでいる。学ランを着た長身の男が池のほとりに倒れこみ、そのまま平面化する。
中国の戦争博物館では、血でぬられた壁がいくつも展示されてるという。しかし、匂いに気をつけたほうがいいと久米(姉)からアドバイスを受ける。展示室のひとつに入ると、水墨で描かれた葉に血で塗られた赤い花を敷き詰めた美しい模様が一面に描かれていて、息ができないほど血なまぐさい。
粘土戦争
中華料理屋の二階に、粘土頭の侵略者たちが刻々と迫っている。僕は藍色の子供を抱いて、滑り台の浅い溝に身を隠している。仲間たちは京劇の楽器を鳴らして粘土頭たちを威嚇しはじめたが、しかしいずれは捕えられ、頭を粘土に挿げ替えられることを覚悟しはじめている。僕はその子供を連れて押入れの奥に逃げ込むが、粘土頭の王(わん)さんに見つかり、私はあなたがたをかくまうから声を出さないでそこにいるように、私はみんなからお父さんとよばれているから、と言われる。
数年の後、久しぶりに藍色の子供が声を出すと、遠くから「その声は民枝か」という夏ばっぱの声が返ってくる。中華料理屋のテラスでは、粘土頭と講和を結んだ首相を仲間たちが囲み、不平等条約を糾弾する声をあげる者もいる。