変ロ長調に紫色を見るという共感覚の男が、天井から吊られた二つの大振り子が交互に振れる階段で、ふたつの重りに抓まれるように紫色の頭部を掬い取られる。階段教室で僕は合唱コンクールの課題曲である「うみゆかば」が歌いだせない。アルトの吉田さんの口元を見ると「いろはうた」を歌っている。
(2013年9月21日)
変ロ長調に紫色を見るという共感覚の男が、天井から吊られた二つの大振り子が交互に振れる階段で、ふたつの重りに抓まれるように紫色の頭部を掬い取られる。階段教室で僕は合唱コンクールの課題曲である「うみゆかば」が歌いだせない。アルトの吉田さんの口元を見ると「いろはうた」を歌っている。
「音の風景を楽しむ旅」のパンフには、人の背丈ほどの低木に、ぎっしりとたかったヒグラシゼミの写真。低木の葉脈も、蝉の羽も、レースの下着のように黒く透けている。パンフを持ってきた泉は行きたい様子だが、僕は乗り気でない。こんなおしきせの観光地に行くより、壊滅した自分の家の周囲のほうがよほど珍しい音風景だから。
瓦礫の中からコイル状の円盤を見つける。青い鉄でできたコイルの一端を持ってヨーヨーのように上下運動すると、円盤はほどけたり絡まったりしながらシャーンと鳴る。崩れた建物の表面にぶつけると、コイルは彩度の高い虹色の音を放つ。このあたりの人々は夕刻になると、それぞれ見つけた楽器を手にして、錆びた瓦礫の町を鳴らしながら歩く。