テテンドプロトス

風間が自宅の庭の百日紅(サルスベリ)の木を、素手で根こそぎ引き抜こうとしている。それは真上に引いてはだめで、根のツボをおさえて横に引かなくては、と教えると、驚くほど簡単に引き出せた根のあとに、図書室への入り口が開いた。

僕の自転車は、ハンドルの付け根がネジでなく、三本に枝分かれした細い鉄線で、しかもそのうち二本の溶接が外れかけている。もうこれは乗り捨ててしまおう。そう心に決めた。

寺子屋のような板敷の図書室で、机ひとつ隔てて本を読んでいる女は、顔半分にそばかすが多い。女は会話の糸口を探しているようだが、なかなか視線を合わせることができない。手慰みに這っているカメムシをボールペンの先でつつくので、虫は勢いよく羽ばたき、室外へ逃げていった。

夜も更けた家並みを縫って、家よりも大きな黒い魚が、庭に腹を擦るようにして空中を泳ぐのが見え、あれはなんだと尋ねると、女はそばかす側の明瞭な顔で「テテンドプロトス」と答える。あの魚を見るのは始めてなのにまたその名前か、と思う。

(2008年4月2日)