rhizome: 車両

実物サンプル付きメニュー

夏っちゃんが語る恋人の話を聞きながら歩いていると、いつのまにかビロード織の内装が施された特別な車両に迷い込んでしまう。NTTに平衡感覚を乗っ取られて歩行が誘導されているためだ。コントロールのリンクを外して脱出すると、今度は工作機械に囲まれてどこにも通じない通路に嵌ってしまう。自分の意思でこの結果なら、他人まかせにしたほうがまだましだ。スチールワイア工具一式が入ったコンテナを避け、通路を開けて食堂に入り、おばさんに今日のおすすめはなにかたずねるとメニューを渡される。メニューのそれぞれの項目に、サンプルがセロテープで貼りつけられている。サンプルの影で料理の名前は見えないが、アルファルファのひとつまみにすりおろした林檎を和えたこの一品は、絶対に旨いはずだ。

(2017年4月23日)

すれ違い新幹線

新幹線の先頭車両がシャワールームで、誰もいない運転席の窓の内側は蒸気で曇っている。壁の受話器を取ると、連れから早くシャワールームに来るように促される。いやもう来て裸になったところだ。いやこっちも誰もいない、などやりとりをしながら、どうやら互いに反対側の運転席にいることがわかる。新幹線の二両目から先が登り坂になっていて、向こうの尖端車両は途方もなく遠い。

(2017年3月26日)

波動式その場飛び

中央線中央駅の見晴のよいホームで、若い車掌が「オレンジ色の現車両より、黒い旧車両が好きな方は波動式その場飛びでご協力ください」と、車掌しゃべりで言う。小刻みに飛びつつ、これがはたして波動式その場飛びなのか疑問に思いながらも黒い旧車両に乗り込むと、木の床は泥水につかったままところどころ破れた座席に戦災孤児が眠っている。

(2014年8月28日)