rhizome: 演奏

針の独奏

サキちゃんのお兄さんが針を演奏するという。巧みに針を投げ、宙に浮く間どこにも触れていない針はそれぞれの音の高さで鳴る。遠目に黒っぽいほど音符だらけのベートーヴェンピアノソナタの楽譜を見ながら、彼は音符と同じ数の針を宙に舞わせ、同じ放物線を描く針の一群をシャーンと和音にまとめあげる。

(2017年9月27日)

天使が通る音楽

プロコフィエフ作曲「圏外のための弦楽合奏曲」が、古民家の四階にある居酒屋で演奏される。卓に貼りつけてある解説シートには「楽譜に明示されていない和音を聞くための音楽」と題されたテキストと、アンテナの立っていない圏外マークが印刷されている。
黒光りする板の間で、黒服の奏者たちは車座になって演奏を初める。ヴィオラを弾く脳科学者は、ひとりだけ普段着のままだ。声をかけると、演奏のじゃまをするなと目配せで答える。
飲み屋の客たちは競って大声で会話するので、音楽が聞こえない。大声で逢引きする密会中の男女もいる。名刺大のレジ袋を差し出してきたプチプチの川上社長に、大げさな身振りでお礼をかえす。袋の中を見ると一万円札風のイラストが入っている。
ふとすべての会話が途切れ偶然訪れた数秒間の静寂に、弦の残響のような音楽が初めて聴こえた。

(2013年10月30日)

巫女の楽器

東上線沿線の山寺を改造した蕎麦屋に来ている。板の間に腰を下ろし蕎麦を待っていると、白装束の巫女が僕の股間に顔をうずめてペニスを舐め始める。思わず発した自分の声を、自分で止めることができない。巫女が指で管を開閉するまま、声が笙の和音になってしまう。

(1999年6月12日)