rhizome: S

ツバメの足

Sの家にいる。Sが飼っている極彩色のツバメがなついて、僕の人差し指と中指の甲に両足をしっかりからませている。灯りを点けるのを忘れたまま、いつのまにか暗くなってしまった部屋に、Sの妹が帰ってくる。ツバメは自分の足を再生し、古い足を僕の指に残したまま飛び立った。抜け殻のように残った両足を削って飲むと体にいい、とSが言う。二階から老婆が降りてくる。

(2014年10月3日)

迷路の情事

コンクリート迷路の深い行き詰まりに、自分の部屋がある。そこから迷路をはるか逆にたどった出口に、玄関がある。遠い玄関の鍵を掛け忘れていないか、Sは気がかりで落ち着かない。しかし玄関まで行く気力が湧いてこないので、僕はSの気を逸らそうとしている。屋外迷路には天井がないので、容赦のない日差しが唇にあたってひりひりする。Sの切れ込んだ股は襞が濡れて光っているのに、顔の唇はかさぶたのようにごわごわしている。そう易々と気を紛らわせてくれないSは「私はキスが嫌いだったんだ」と言う。Sの腹部は半透明の乳白色で、左脇から管が痛々しく挿入されている。右脇の管は外れて、ミルクチョコレート色の液体が漏れ、くぼんだ腹に溜まりかけている。

(2004年7月3日)

巨大トマトの娘

砂でできた巨大なさいころの中腹に洞穴があり、奥に行くほど狭くなる。ホーンスピーカーの奥を覗くようにして、Sとともに入ってきたこの砂のホテルの受付に料金を尋ねると、宿泊するなら夜11時以降にもう一度来るように言われる。奇跡のようにここまで来たのに、ふたたび砂のホテルの外に出て彼女の家まで歩いていくことになる。初めて会う彼女の父親は巨大なトマトを育てていて、ひとつ食べてみないかとすすめられるが、あまり旨そうではないそのトマトを一口かじって、絶対に食べきることのできないサイズのトマトを結局食べ残すならどこで残しても同じだということに気づいて、トマトにしては変にぶよぶよなその大きな物体を放置することにした。さてそろそろまたホテルに向かおうかとすると、弟か子供かわからない男の子が妙に僕になついてしまい、いっしょに門を出たところでじゃあここでばいばいね、と言ったとたんに泣きじゃくり、こんなに家族と仲良しになってしまっては彼女に邪心をいだけないではないかと困惑するのだった。

(2003年7月8日)

変な葬式

S子が死んで、僕は葬式に駆けつけたのだが、どうやらこの世界は普段僕らが慣れ親しんでいる世界とは違うようだ。たくさんの友人に混じって、S子自身もいるのだ。S子は、これから死ぬのだと言っている。「もう時間がないけど、もうちょっとみんなといっしょに居たいから…」
僕は、林耕馬とインターネットの話などをしている。そんなことをしていていいのだろうか。僕はS子と話がしたい。「でもね、ほかにもS子と居たい友人はたくさんいるんだから、ここはひとつ遠慮しておくべきじゃないの?」と耕馬が言う。それもそうだ、その通りだ。
いよいよS子は死んでしまうのだ。僕は彼女と手をつないで、彼女が入ろうとしている壊れかけた木戸の方に向かって歩きはじめる。いたたまれない気持になっている。こんな悲しいことがあるものか。友人への遠慮なんてどうでもいいじゃないかと思い、S子を抱きすくめてキスをすると、S子はいきなり舌を入れてくる。S子とは長い付き合いになるが、キスをするのはこれがはじめてだ。もうセックスする時間もないのに、どうしてこんな土壇場になってこうなってしまうのだ。これから死ぬ女と、舌を絡ませたりしていていいのだろうか。

(1997年1月7日)