rhizome: 葉書

換金タクシー

銀行でまんまと四億円を引き出し、一刻も早くここから立ち去りたいのだが、たまたま止めたタクシーが相乗り制で、すでに乗り合わせている面々はみな怪しげな顔立ちなので、料金を払って自分だけ先に降りたいのだが、財布を忘れて現金がないというか、現金はあるのだが紙包みをほどいて紙幣をとり出すわけにもいかず、わずかに破れた隙間から指を入れて取り出した二枚の紙は米良先生の短いメッセージが書かれた葉書で、残りの紙束はすべて真っ新な展覧会の案内状であることがわかり、この葉書は四時間以内に換金しないと無駄になると乗り合わせた男に忠告されるが、見渡す限りふつうの家ばかりの住宅地をタクシーはひた走っている。

(2013年2月25日その2)

紙束の封印を解く

大理石で作られた建物の一室で、kiharaはA4コピー用紙の束を解こうとしている。その紙は不自然なほど漂白されて青白く、しかもスプレーの銀イオンと、脳の快楽物質をたっぷり含んでいる。これを世界に放つのは悪魔の封印を解くことにほかならない。それは僕もkiharaも承知していて、しかしそれを止めるつもりもなく、紙が青白い光を放ち始めるのを見ている。
僕の手元には一枚の絵葉書が届いていて、死んだ栃木の祖母の字で、この前たっぷり話したのでとても愛おしさが増しているよ、と書かれてある。

(2008年2月29日)

偶然の小冊子

とっておきのプレゼントを勿体ぶって手渡すにはあまりにも騒々しい集会場で、僕はなんとかこの本との偶然の出会いを感動的に伝えるべく演出するのだが、なかなかうまくいかない。近くの古本屋で偶然手にとった小冊子はあきらかに学生グループの手作りによる小品集で、葉書ほどのさまざまな紙にさまざまなスタイルの絵が描かれている。危うくばらけそうな本の造りに惹かれ、たまたまひらいたページに懐かしいスタイルを発見し、作者の名前を見ると中村理恵子と書かれている。二束三文の値段がつけられたこの本を買い、一刻も早く報告したい気持をおさえてここまできた。しかしこの喧噪のなかで、当の作者の反応はいまひとつで感動がない。自作品への嫌悪なのかたんなる照れなのか読み取れないまま、ともかくその古本屋へいっしょに行き、まだいくつか潜んでいるかもしれない同類の本を探すことになる。
マンション脇の坂を登っていくと、外壁に組まれた丸太の足場から黄色いロープがいくつも垂れていて、たくさんの子供たちがその危険な遊具に張り付いて遊んでいる。

(2001年7月15日)