赤い手染めのシャツを格安で売るという怪しい男がいる。シャツは染めたばかりで、まだ水を含んでいる。僕は現金を持っていない。バッグから探し出した小切手を見せると、これは換金できないから判子もよこせと言う。バッグから特大の印鑑を探し出し、印の面に貼った和紙をはがすと自分の苗字ではない。そんな押し問答を暗い路地でやっていると、ここでそんなことをされちゃ商売にならねぇ、と神棚に乗った小型の猿のようなおやじにどやされる。しかしおっさん、なにも売ってないじゃないか。そんなことはねぇ、といきなり機械の軋むような声で唸り始め、猿おやじが浪曲師だったことがわかる。
(2010年9月26日その2)