rhizome: 木原民雄

実物サンプル付きメニュー

夏っちゃんが語る恋人の話を聞きながら歩いていると、いつのまにかビロード織の内装が施された特別な車両に迷い込んでしまう。NTTに平衡感覚を乗っ取られて歩行が誘導されているためだ。コントロールのリンクを外して脱出すると、今度は工作機械に囲まれてどこにも通じない通路に嵌ってしまう。自分の意思でこの結果なら、他人まかせにしたほうがまだましだ。スチールワイア工具一式が入ったコンテナを避け、通路を開けて食堂に入り、おばさんに今日のおすすめはなにかたずねるとメニューを渡される。メニューのそれぞれの項目に、サンプルがセロテープで貼りつけられている。サンプルの影で料理の名前は見えないが、アルファルファのひとつまみにすりおろした林檎を和えたこの一品は、絶対に旨いはずだ。

(2017年4月23日)

宇宙洗濯機

幸村さんが、宇宙エレベーターより簡単に宇宙へ行く道を見つけたと言って、大型ドラム式洗濯機の蓋を開け、江渡さんといっしょに宇宙へ旅立った。しかしあまりに普段着なので、世の中の反応がいまいちなのだという。東大の博物館で待ち合わせた木原さんとあれこれ広報戦略を練るが、結局このままでいいと言う結論に至る。

(2015年9月25日)

紙束の封印を解く

大理石で作られた建物の一室で、kiharaはA4コピー用紙の束を解こうとしている。その紙は不自然なほど漂白されて青白く、しかもスプレーの銀イオンと、脳の快楽物質をたっぷり含んでいる。これを世界に放つのは悪魔の封印を解くことにほかならない。それは僕もkiharaも承知していて、しかしそれを止めるつもりもなく、紙が青白い光を放ち始めるのを見ている。
僕の手元には一枚の絵葉書が届いていて、死んだ栃木の祖母の字で、この前たっぷり話したのでとても愛おしさが増しているよ、と書かれてある。

(2008年2月29日)

万能チップ

1.5cm角の四角いセラミックの板は、キートップでもあり、CPUでもある。これを10枚テンキーのように並べた携帯電話を夏っちゃんが持っている。僕は「1枚でも十分機能する」と主張する。
モリワキさんと目白から高田馬場方向に歩いている。広い道に真っ青な空、建物もあまりない。一駅歩くにしては、ずいぶん時間がかかる。「きっと、すごく遠回りをしてるんだ」と話しながら歩いている。

(1996年7月14日その1)