rhizome: 危うい足場

Kの地下工房

壮年の幸村氏を訪ねると、自宅の下に広がる傾斜した地下洞窟へと案内される。地下水の流れる沢を、K氏は岸から削り出したわずかな足場を伝って器用に進むが、僕にはどうしても渡れない狭い場所がある。洞窟のあちこちにラジカセや物置などが無造作に放置されているのは、子供のころからここが自分の家の庭だからだ、とK氏は主張する。
ところどころ地上に空いた穴から、光が差し込んでいる。傾斜のいちばん高い所に開いた穴は、駅からここに来る途中の道で見たマンホールほどの穴に違いない。上から覗き込むと、岩場に水が流れて見えた。
K氏は物置から自作のヒラメを出してくる。ヒラメの体を触ると、位置によってさまざまなだみ声を発する。抵抗を計る方式では精度が出ないから、教授の助言で無数のスイッチに作り変えた。声は世話になったその教授の声だ、とK氏が言う。しゃがれたテナーサックスが吹く「四季・十月」が、だみ声と混じりながら洞窟に響き渡る。こんな場末の酒場のようなこてこてのチャイコフスキーは聴いたことがない。

(2015年4月3日)

魂脱落

川べりの学校で、小学生の根岸兄弟が鉄棒をしている。蹴上がりができるか、と聞かれ「できたとしても体中痛くなるからやらないよ」と答えると、根岸弟は小学生の身体でするりと蹴上がり、そのまま前に回る拍子に肛門から魂を落としてしまう。根岸兄がそれを拾い、売店のおばさんになんとかしてもらおうと言って二人で駆けて行った。

川岸の断崖に、緑色の雲母でできた足場が飛び飛びに突き刺さっていて、そのうちのひとつがたわみきれずに折れている。抜けた足場をひとつ飛び越えるときだけ、対岸の学校が一瞬目に入る。

(2015年2月19日)

劇場地獄

赤いフェルト貼りの階段を、太った中年女がゆっくりと上っていく。ちょうど目の高さに女の白いふくらはぎが来る間隔を保って、僕も階段を上っている。指定席を探しているのだが、どこまで行っても目指す座席番号に到達できない。女は座席を見つけたのか、いつの間にか消えている。ついに劇場の最も高い壁の淵に一人で立っているのだが、ここはもう座席ではない。壁にはやっと乗るほどの足場があるものの、壁自体が斜めにせり出しているので、縁に指をかけないと落ちてしまう。恐怖心を振り切りいっきに渡りきると、同じようにしてたどり着いた人たちが落葉のように吹き溜まる場所がある。床板の傾斜に堪えながら、番台の男の出すクイズに答えないとここから帰ることができないルールは、テレビを見てよく知っているのだが、滑り落ちないように手足をつっぱるばかりでクイズどころではない。

(2002年7月5日その2)