rhizome: タクシー

換金タクシー

銀行でまんまと四億円を引き出し、一刻も早くここから立ち去りたいのだが、たまたま止めたタクシーが相乗り制で、すでに乗り合わせている面々はみな怪しげな顔立ちなので、料金を払って自分だけ先に降りたいのだが、財布を忘れて現金がないというか、現金はあるのだが紙包みをほどいて紙幣をとり出すわけにもいかず、わずかに破れた隙間から指を入れて取り出した二枚の紙は米良先生の短いメッセージが書かれた葉書で、残りの紙束はすべて真っ新な展覧会の案内状であることがわかり、この葉書は四時間以内に換金しないと無駄になると乗り合わせた男に忠告されるが、見渡す限りふつうの家ばかりの住宅地をタクシーはひた走っている。

(2013年2月25日その2)

入れ子携帯

志村三丁目の駅を降り歩いて家に帰ろうとしていると、今日は特別な日とばかり父が得意げにタクシーを止めた。白いワゴンのタクシー内部は雑然としていて、ところどころ水溜りもあり、しかも途中の停留所から人を相乗りさせようとする。丸顔の小柄な運転手は、これはバスだからしかたないと開き直る。父は携帯電話で孫に電話をかけようとしているが、なかなかかからない。僕は、携帯の茶色い箱の中から、もうひとつ小さい箱を取り出し、掌の中でダイアルをプッシュする。父はいつのまにか、大きい方の箱を棺にして中に入ってしまい、中から「まだかからないのか」などと文句を言いはじめる。バスのようなタクシーは志村坂上に到着し、そこでわれわれは降りることになるのだが、しかしこの場所は出発点より家から遠いではないか。今日は特別な日だからそれでいいのか、とも思う。

(2005年12月18日)