中村 理恵子(なかむら りえこ) プロフィール
わたしは、北海道十勝国河西郡芽室町(めむろちょう、あの横綱大ノ国の故郷)上伏古(かみふしこ)で生まれました。 |
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1980年代
大学を卒業して職業に就くでなし、かといってどこかの美術団体に参加するでなし、ぼんやり世間をみておりました。
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1990年代
ここで、デジタルとネットワークに出会います。しかし、 遊びこころって大事ですね・・・・。 30歳を目前にしたわたしは、地元で働きながら制作を続けて行きたいと模索しはじめます。地元のタウン紙「月間多摩ガイド」(多摩新聞社/1987年創刊) で約1年働き、1989年3月商用パソコン通信会社マスターネット(ゼロ株式会社)に入社しました。 インターネット時代のコミニュケーションのあり方などを、実践的なビジネスの場で経験します。なによりこの時代を生き生き駆ける多くの人との出会いが貴重でした。サラリーマンとしての日々もなかなか新鮮でした。そのうえコンピュータ・グラフィックス(CG)の制作に目覚めて、CGアーティストという二足のワラジ生活も始まります。 (はじめてのデジタル作品?;マスターネット会員向けPR紙「EXPRESS」) パソコン通信の世界には、CGアーティストたちのためのサイバー・カフェもあり、そのメンバーが中心となってデジタル系のクリエイターたちが集い「ディジタル・イメージ」を発足しました。以来、毎年銀座のワシントンギャラリーで展覧会が開かれてます。
1991年の師走には、仲間のCGアーティストで、フルカラーペイントシステム「スーパータブロー」の開発者でもある安斎利洋さんから1通の電子メールが届きます。 デジタルとネットワークを駆使する「連画」を最初に面白い!と思ったのは、フランス国立視聴覚研究所(INA)のフィリップ・ケオさん。1994年春にはINA-IMAGINAに招きかれ、モナコに行きました。夏には、アメリカのオーランドで開催された世界的なCGの学会;SHIPPRAPH‘94へ誘われ、世界各国の活きのいいアーティストや研究者たちと出会いました。 |
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2002年3月、 ポストIT連画?!;
『カンブリアン・ゲーム』
連画10年の節目になぜか、75mm四方のポストイットと80円のかきかたペンで創造の連動を試みました。じっくり数時間かけて楽しんだ‘原始カンブリアン‘です。 ★ 『スクール・カンブリアン』 2002年6月から、D-projrct(デジタル表現研究会)といっしょに、本格的に教育現場で「連画(れんが);絵のリレー」としてセッション準備、そして開始。 「カンブリアンの庭」をベースにカスタマイズされたシステムが国内外の教育現場をつなぎ、あるいは1日だけのイベント時には、LANに特化したバージョン使ってセッションできます。2003年、2004、2005年と情報教育スペシャルプロジェクトのひとつの柱として、ふたつの国際セッションとデジタルカメラを使ったセッション、他を実施。2006年、D-project2となり「学校連画2006」を実施した。 『顔ポイエーシス』の話しは、2003年の5月からはじまって最初の作品群を10月に公開。つづいて2004年2月、久々、自分の今たってる地点を確認するようなチャンスとなって公開できました。 当時、高価だった油絵セットをねだり美術大学をめざして以来、油絵の具や木炭にまみれた10数年。その後デジタルと出会ってその可能性と危うさの中での輝度の高い10数年。そしてこのふたつの経験をおもいきり活かして、しかし同時に捨去る勇気をもって「遺伝的絵画」法なるものに挑もうとしています。この日々を克明に記録した創作ノート『ピクシマ日記』(仮称)を近日公開予定です。
● 漆ハプニング ;輪島の漆作家、角好司との対話システム(詳細近日公開) ● マチスましーん 最新のワークショップ(育成中)。 ● メルまんだら 東大の水越伸研究室のメンバーを中心に仕組んだ人、物、事の相関を動的に視覚化。 ● メンデルのキャンバス(レポート)@CANVAS、ワークショップコレクション2005
ほか、2005年、2006年の詳細な活動記録は、SNS格納中。 近日、新たな仕掛け、システムを駆使してweb上に公開予定です!!!。
2007年3月 |