三階に通じる階段は壊れた家具や古いレジ機械などのがらくたが天井まで累積している。立体パズルを解くようにして隙間を巧みに作り、くぐり抜けられるのは僕しかいないので、がらくたは濾紙の役目をして三階に僕だけを濾しとってくれる。ところが、暗い板敷きの部屋にはすでに子供が何人か入り込んでいる。ここのガラス窓は我を忘れて遊ぶ子供を濾過する性質があるから、ときおり路上の子供たちが滞在しては消える。
一方、曇りガラス越しに見える濾し残されたカスのような大人たちは、得体の知れないこの建物が嫌いだ。彼らはおどけたバックコーラスの男女のように声を合わせ、化け物屋敷と囃したてる。こちらも歪んだガラス越しの曖昧な輪郭の視覚効果を使って、いかにも化け物らしく彼らを威嚇する。
rhizome: 散らかった階段
海外に通じる階段
草原真知子さんが「いい道をみつけた」と言うので、彼女に案内されるまま地下へ続く階段までやって来た。地下へ降りる階段にしては、底の方が妙に明るい。
階段は表面の木がほとんど見えないくらい一面に本が積み上げられていて、それが草原さんの収集した本であることはすぐにわかる。
「これじゃ通れないわね」と、彼女が積まれた本を押し倒すと、本の山は別の山を崩しながらどどっと地下のほうに崩れ落ちていく。
ほとんど本でできたその階段を這いつくばって降りていくと、北欧のとある集会所にたどり着く。こんな方法で簡単に来られでもしないと、しょっちゅう海外に出るお金もないわよ、と草原さんが言う。
北欧の集会所で、僕らは何人かの知り合いと話している。まったく言葉の通じない初老の男(彼はエルキ・フータモのように睫毛が白く瞳の色が薄い)が、まったくこちらの目を見ないで話しかけてくる。彼は、僕のことをよく知っているらしい。
わかりやすい英語をしゃべる若い男が差し出す本を開くと、中に日本語がまじっている。しかし、その日本語らしきものが解読できない。「チンプンカンプン」と僕はおどけて叫ぶと、その若い男はさも意味が通じたかのように高らかに笑う。チンプンカンプンの意味もチンプンカンプンであるはずなのに。
同じ階段を昇って、帰ろうとする。しかし本はますます雑然と増殖していて、ほとんど頭が通るか通らないかほどに狭まっている。無理矢理通ろうとすると、体のあちこちを擦りむいてひりひりする。
やむなく僕は、ドイツをめざして階段を降りはじめる。それは果てしない螺旋階段。僕は急がねばならないので、もう足をつかって駆け下りる時間はない。階段の手摺を滑り降り、ついにはお尻も離し、両方の掌だけで滑り落ちていく。途中、何人かの男を蹴落としてしまったかもしれない。
階段の果てには、座敷に膳が用意された薄暗い店がある。そこはまだドイツではない。しかしそこで食事をしないと、先に進むことができない。急ぎながら喉に流し込んだ液体が、信じられないくらい旨い。