rhizome: 押入れ

粘土戦争

中華料理屋の二階に、粘土頭の侵略者たちが刻々と迫っている。僕は藍色の子供を抱いて、滑り台の浅い溝に身を隠している。仲間たちは京劇の楽器を鳴らして粘土頭たちを威嚇しはじめたが、しかしいずれは捕えられ、頭を粘土に挿げ替えられることを覚悟しはじめている。僕はその子供を連れて押入れの奥に逃げ込むが、粘土頭の王(わん)さんに見つかり、私はあなたがたをかくまうから声を出さないでそこにいるように、私はみんなからお父さんとよばれているから、と言われる。
数年の後、久しぶりに藍色の子供が声を出すと、遠くから「その声は民枝か」という夏ばっぱの声が返ってくる。中華料理屋のテラスでは、粘土頭と講和を結んだ首相を仲間たちが囲み、不平等条約を糾弾する声をあげる者もいる。

(2013年9月26日)

同期しないポリフォニー

Kが来客と話しているのを半ば目覚めた耳で聞いている。誰かが優しい声で「~さん~さん」と寝床の僕に声をかけるが、名前の部分が僕ではない。息子が妙な音楽を聞いている。声部ごとに異なる粘り気を引きずっているので、それが「音楽の捧げもの」だとわかるまでに時間がかかった。それはなにかと尋ねると、3歳に戻った息子は押入れの中に分け入り、ここにあったテープだと言う。昔の押入れから戻ってきた息子は、さらに0歳児まで逆戻りしていて、布にくるまれた顔に顔を近づけると涙が込み上げてくる。

(2013年1月12日)

曖昧母音

押入れを改造した研究所で、白衣の若い女性研究員が計測器にマイクをつないでいる。小柄で肌の白い美しい彼女は、母音をあいまいに発音するのが玉にキズだ。そんなに言うなら、どのくらいあいまいなのか計ってみましょうよ、と彼女がマイクに発音した「あいうえお」には「12」という値が返ってくる。代わって僕の発音は「8」。この値は曖昧度なのか明瞭度なのか、それがわからないので、ためしに「あいうえお」をほとんど「あああああ」と発音してみると「28」という値が返ってきたのを、どうだと言わんばかりに示すのだが、彼女は自分の負けを知りながら取り合おうともしない。

(2003年7月4日)